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ブドウの美味しい食し方

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「ブドウってさぁ」
 『蝉時雨』というよりは『蝉台風』というのが相応しいほど煩かった蝉の大合唱もすっかり鳴り止み、代わりに台頭してきた秋の虫たちも、今は羽休み中らしい真昼間。シーンとした四畳半に、臨也のどこか蟲惑的な甘さを秘めた低音が響いた。
 声に反応した帝人が、臨也の方へ視線を向けたことに満足したのか、臨也は言葉を続ける。
「秋の果実ってイメージだけど、収穫時期って早いものだと7月の中旬くらいから9月の中旬くらいにかけてなんだよね」
「へぇ、そうなんですか。何となく10月くらいだと思ってました」
「まぁ、種類や産地にもよるんだろうけど」
 帝人はふーんと頷く素振りをみせながら、すん、と匂いを嗅ぐ。
 今現在、この部屋はむせ返るほど甘い匂いで満たされている。いつもある位置から少し移動させた机の上には、大量のブドウが。
 持ってきたのは、目の前に山と置かれたブドウを見ながら滔々と語り続ける男だ。
「大粒のは甘くて美味しいけど、小さい種が入ってて口の中で一々選るのが面倒だよね。間違えて種を噛んじゃったりするとホント最悪。でも、最近は種無しがあるから良いよね」
「そうですね。その分高いですけど・・・・・・」
 そもそもブドウ自体値が張るので、独り暮らしの苦学生には手が出せない代物だ。
 帝人は、遠慮なくどうぞと言われたのもあり、先ほどから、はち切れそうな程に実の詰まったブドウの皮をセッセと剥いては、透き通った翡翠色の果肉を口に放り込むという作業を繰り返していた。
 瑞々しく肉厚な果肉を噛んだ瞬間、舌がとろけるほどの甘さと芳醇な香りがジュンワリと口中に広がる。甘みが強い割りに、ほのかな酸っぱさがあって、それがたまらない。後引く美味さだ。
 種無しだから、臨也の言うとおり一々口の中で種を除けようとモゴモゴさせる必要がないのも素晴らしい。
 滅多に食べれる物じゃないし、しっかり味わって沢山食べよう、と帝人が少し貧乏臭い事を考えている間も、臨也のブドウ講釈は続く。
「種無しブドウを作るのは、結構手間なんだって。まぁ、本来あるものを人間の都合で弄繰り回すんだから当然だろうけどね。なんでも、ブドウの花が開く前と開いた後の計2回、種を無くして実を大きくする効果があるジベレリン溶液っていうのを浸さなきゃならないらしい。この処理をすれば、基本的にどんなブドウでも種無しにできる。ただし、それによって味が落ちるものもあるから、決まった種類のものしか流通させてないみたいだけど。・・・・・・どう、美味しい?」
「はい、とっても!」
「そりゃあ、良かった。買ってきた甲斐があるよ」
 にっこりと微笑まれ、帝人もつられて微笑み返す。
 臨也の講釈を聞き流している間に、すずなりだったブドウ一房が半分近くなくなっている。自分の手を見れば、指の先や爪の内が真紫色に染まっていた。
 中々落ちないんだよなぁと思っていながら手を拭っていると、その様子を見ていたのか、臨也は「ブドウの汁って手に付くと大変だよね」と言った。
「服に付くとおちないし、段々黒茶けて汚い色になるもんね。キレイに食べるには、皮を半分くらい剥いてから、残りの皮の部分を手で持って口の中に押し出すと、良い感じに食べれるらしいよ。まぁ、それでもやっぱり汚れちゃったりするし、もっといい方法があれば良いのにね」
「へぇ・・・・・・」
 帝人は軽く相槌を打ちながら、再びブドウに向かう。臨也に言われた方法を試してみようかとも思ったが、既にベタベタしている手なのだから意味はないだろうと思い直して、再びセッセと皮を剥き始めた。
 臨也の講釈はまだ続く。
「――でも、抗酸化作用のあるアントシアニンは皮と果肉の間に多く含まれているし、発ガン抑制効果のあるレスベラトロールは皮に多く含まれているから、健康のことを考えるなら、剥いて食べるよりは皮ごと食べた方が良いんだよねえ。でも俺、皮のちょっと硬くて口に残る感じが嫌~い」
「・・・・・・臨也さん」
「ん? な――ンぐっ!?」
 『に』という言葉を紡ぐ前に、帝人は臨也の口めがけて自分の指を突っ込む。――正確には、皮を剥いたブドウを。
 一瞬、何事かと目を白黒させていた臨也だが、すぐにその正体が何であるか分かったらしく、帝人が指を口から引き出すや大人しく口をモグモグさせている。
「美味しいですか?」
 帝人が訊ねれば、臨也からは、コクンと頷きが一つ返ってくる。物を口に入れながら話したりはしないらしい。そういう躾はちゃんとされているんだ、と割と失礼なことを帝人は思った。
「それは良かったです」
 帝人は、臨也に突っ込んだ指をティッシュで軽く拭ってから、再びブドウの皮を剥き始める。
 臨也は、きちんと嚥下してから口を開いた。
「さすが、俺が見て買ってきたブドウなだけあるよねえ。ブドウはね、皮の色が濃くてハリもあって、表面にブルームっていう白っぽい粉がついてて、軸も太くて、粒が揃っているものが美味しいんだよ」
「そうですか。――それで、臨也さん」
 帝人が、皮を剥いて汁の滴るブドウの実を再び臨也に向けると、臨也は大人しく口を開いた。
「ブドウの皮を剥いて欲しいなら、最初からそういってください。まわりくどいですよ」
 実を口に入れてやりながら、帝人が呆れた声を出すと、臨也はイタズラがばれた悪童のような顔で笑い、返事の代わりなのかブドウの果肉と一緒に帝人の指を柔らかく食んだ。



end.
作品名:ブドウの美味しい食し方 作家名:梅子