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十七ヶ月と二十一日

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17ヶ月と21日だ、と考えて、だから何、と自答する。早いとも遅いとも判じ難いその時間というのは俺と鈴木が出会ってからの日数であり、鈴木が俺を好きだと認めるまでにかかった日数であり、俺はそれだけの日数の後、はっきり言ってしまって鈴木に絶望を覚えるようになっていた。


17ヶ月と21日前、つまりは俺が鈴木に、端的に言って恋をした日のことをよく覚えているかと言ったらそんなことはなく、それさえも他のものと変わりなくゆるやかに過ぎていった高校生活の記憶の下に埋没してしまっている。ただ、綺麗過ぎて逆に嘘っぽくさえ映る桜の花弁、その下で擦れ違った刹那の感情が目蓋に残るカメラのフラッシュのようにずっと焼きついているだけである。同級生の女子たちがそれはもう執拗な執念をかけて守っていた髪よりもずっと風に靡いて、その隙間から柔らかく春の陽光を透けさせている横顔を自分のものにしたいと思った、というよりは半ば自分に与えられた天からの使命なのだと感じた、その刹那のこと。


それから17ヶ月と21日が経って俺は望むとおり鈴木の友達という地位を獲得し、毎日毎日鈴木の隣を歩きながら、彼が最初に思ったとおりの人間ではないのだと知ることになる。黙っていれば可愛いのに、と女子からあからさまに悪態づかれるように口を開けば誰彼関係なく罵倒の言葉を吐き、どこか他人のことを馬鹿にしているようなふしがあって、何に対しても臆面がなくて、何時だってピンと張った自分の背を裏切らなかった。そしてそれは同時に、無口で、少し天然なところがあって、触れた髪の毛は女の子の内股みたいにふわふわとしているんだろうと夢想しては一人切なげに顔を歪めていた俺を裏切るばかりだった。


あと17ヶ月と21日が過ぎる頃には俺も鈴木もせいぜいが知人レベルになって、また17ヶ月と21日の後には「実は俺さあ」と笑って話せるようになるのだと思っていたし、そうなることを必死で祈っていた。「実は俺さあ、最初に鈴木のこと見たときに恋しちゃったんだよね、まあすぐ冷めたけど」と言う俺に「気持ち悪い」と鈴木が嫌悪感むき出しの表情で返して「へえそうなの」と平介がどこか間の抜けた相槌を打つ。それでもういいだろう、と。
なのに今更だ。これは何かの罰ゲームなのかと言いたくなるほど絶妙なタイミングで、鈴木は17ヶ月と21日前に俺が抱いた第一印象そのままの姿で、長い睫毛を存分に使って瞳を覆い隠し、頬にうっすらと桃色を散らして、唇を軽く噛み、ゴムの伸びたカーディガンから指先を覗かせ、好きだ、と言う。お前が好きなんだよ、どうにかしやがれ、と俺に向かって言うのだ。


「どうにかって、何だよ」
「分かんねえ」
「セックス?」
「それは極端すぎんだろ!」
真っ赤な顔をして、言葉だけは尊大ぶってみせる。その仕草があまりにも鈴木然としていたので少し笑えた。もしかしたら鈴木は、これまでにまともな恋愛イベントもこなしたことはないのではないだろうか。中高生というは存外自分の理想に忠実な年頃なのだ。
「でも付き合うって、結局そういうアレじゃないの」
「……分かんねえ」
「そういうことなんだよ」


17ヶ月と21日前には豪勢な桜吹雪を見せていた木々が朽ちかけた葉をだらしなくぶら下げているのを瞬間的に見上げて、俺は何故だか安心を覚える。ここはあの日から随分遠いところにあるのだと、繰り返し自分に言い聞かせる。
本当は昨日でも明日でも、17ヶ月28日でも12ヶ月2日でも、何時でも良かったに違いない。けれど17ヶ月と21日だ。17ヶ月と21日前、17ヶ月と21日の間、17ヶ月と21日後、たぶん俺は何度も思いだす。鈴木をとても好きだと直感したこと、それが外れて落胆するまでの間のこと、理知的に伏せられているように見える目は眠たいだけなのだと知ったときのこと、鈴木の口の端についたパン屑のこと、夏服の袖から覗いた白い肌のこと、一方的に罵られたこと、一緒になって平介の世話を焼いたこと、好きだと言われたこと、そして俺たちは、確かに仲の良い友達だったのだということ。それらが記憶の底に埋もれてしまったとしても、17ヶ月と21日のことを、17ヶ月と21日のことだけは、きっと何度でも。俺は。
作品名:十七ヶ月と二十一日 作家名:いまむら