こたつを出した日
このところ急に冷え込んできたうえ、今日は雨まで降っている。何だか秋が深まったっていうか、もう冬みたいだ。
俺は、秋から冬にかけてが、実はあんまり好きじゃない。窓からのぞく余所の家の団欒の暖かい色や、くっついて家路を急ぐ親子とかに、自分がひとりっきりであることを、とことん納得させられるから。ま、こんなことは、誰にも言わないけど・・・。
何となくうつむきながら、百目鬼の家の門をくぐり、本堂の脇を抜けて母屋の方に向かう。
「こんばんはぁ」と引き戸を開けると、暖かかった。それは、温度だけではない暖かさのような気がした。
玄関も廊下も玄関から見える長く延びた縁側もそれに面した百目鬼家の居間も、みんな灯りが点いている。
何だかいいにおいもするし、おば様が百目鬼に何か言っている声も聞こえる。
「こんばんは、ごめんください。」こんな声じゃ聞こえないかもしれないような小さな声しか出なかった。のどの奥が詰まったような感じがして、大きな声はでなかった。
でも、ぱたぱたと音がして、百目鬼のおじ様が出ていらした。「やあ、君尋くん。待ってたよ。さあ、あがりなさい。」
「え?待ってたって・・。」
「おまえ、侑子さんから、何か預かってきただろ?よこせ。」
「なんだよ、この包みを待ってたってだけかよ。」
「まあまあ、なんでしょ、静ったら。ごめんなさいね、君尋くん。静ってば、愛想なくて。」
「いえ、慣れてますから・・。あ、いえ、すみません。」
「まあ、いいじゃないか。そんな事は。侑子さん秘蔵のお酒も君尋くんのことも、みんなして待ってたんだから。ほら、あがった、あがった。」
なかば、ひっぱられながら連れて行かれた百目鬼家の居間の真ん中には、こたつが出ていた。こたつの上には、鍋が湯気をあげており、それを囲んで、こたつの四辺に4人分のお皿や箸やグラスが置かれていた。
「今年初めてのこたつだからな。鍋と四月一日は、欠かせないから。」
「なんだよ、それ。どういう決まりなんだよ。」
「あぁ?今年から、我が家の決まりなんだよ。ほら、さっさと座れ。」
こたつに入るまでもなく、お鍋を食べるまでもなく、もう俺はすっかり暖まっていた