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君ヲ想フ

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君ヲ想フ



とてもとても悲しい記憶は、とても愛しい者の記憶と繋がっていて。
だから、愛しい者を思い出す度ごとに、私はいつも辛く悲しい。

[君ヲ想フ]

もう、あの子が人間界に降りていって何年になるだろう。
結婚式の前の晩。
私は前ぶれ無く会いに行き、ふざけた調子でキスをして、長年の想いを告白をした。
もちろん素面などではない。酒の勢いを借りた。
そうしなれば、たぶん一生言えないと思ったから。
それは私の方に振り向かせようと、今更ながら思ったからではない。
私の側から離れてしまうからこそ、今生の別れに似た思いから。
幸せになってほしい、という気持ちに嘘はない。
でもそれはあの男とではなく、私の側で共に生きてという前提条件のもとでの話だった。

けれどやはり、幸せになって欲しい、そう思う。それは嘘偽りのない思い。だけどそれは、人間とではかなわないもの。
あの男とは、あの男とだって、決して………最後の最後には裏切られるの。
なぜなら、ゆきめ、お前は雪の精だから。人間ではないのだから。

今の所は、うまくいっているらしい。
風の噂に、新しい商売を始めたと聞いた。子供も生まれたとも。
みんな、生まれた子供はみんな男の子だから、次こそは女の子が欲しいって、二人とも望んでいるんだって聞いた。

そう、やっぱり。
子供の話を聞いたとき、少し胸のすくような思いがした事を、否定しない。
知らなかっただろう、ゆきめ。人間の男との間には、子供は出来ても男の子になるようになっている。
お前だけじゃない、たいていの雪女はその事実を知らない。
なぜなら雪女は、本来愛した男を氷漬けにするのが定めだから、それは知らなくてもいい、知る必要のない事実。
愛した男を氷漬けにするのが定めだから、ゆえに、人間と雪女の間には男の子供しか生まれない。

雪女は母から娘へ受け継がれるもの。そこに男の存在はない、男の介在する余地はないの。
――あるとしても形だけ。
大きく険しい山の神が、私たちの唯一の男で父。

ばかな子。
あの男に助けられたあとの5年間、どんなに周りが説得しても耳を貸さずに山を下り、そうして一度死に、生き返り、とうとう帰ってこない雪女。
本来ならば、雪女は山から離れては生きていけない。今、お前が生きていけるのは、皮肉にもあの男がそばにいるからだ。

ゆきめ、可愛いゆきめ。愛しいお前。
私は臆病だから、お前を奪うことはできなかった。私ではお前を幸せにはできっこないと解っていたから。
哀れなゆきめ。お前に女の子が生まれても、それは人間ではあり得ない。
女であるならお前と同質な存在になるのだから。
だから。

もしも、女の子が生まれたのなら。
もしも、あの男が天寿を全うしたのなら。
帰っておいで、この山に。
あたしはずっと、ここにいる。

お前が此所に戻る日を、ずっとずっと、待っている。



作品名:君ヲ想フ 作家名:さねかずら