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I'm waiting for you.

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おれサマは猫である。名前はまだ無い。
 なぜならカインがおれサマを呼ぶときに使う「ねこ」というのは形の名前であっておれサマの名前ではないからだ。だが、カインはおれサマが文句を言うと必ず笑って否定する。おれサマの名前はすでに決まっているというのだ。
「それをきみが覚えていないだけだよ」
 いつものように満腹になった夕食後にぐずり始めたフィールを抱いて散歩に出かけるカインについていって、いつものようなやりとりの後にそう言われたときにおれサマは不覚ながら一瞬だけ意味を取り損ねた。
「何だって?」
「そのうちに判る」
 駄々っ子に諭すようなカインの言葉と表情におれサマはそれ以上つっこむことができず、空を飛ぶと抗議の意を込めて奴の頭に乗っかった。
「ねこ、重い」
「知らん」
 一言で切り返して銀色の髪の毛にうずくまる。どういう訳かこいつの体温は他の人間よりもずっと低い。一度だけ理由を聞いてみたが、人間じゃないからとだけしか答えてもらえなかった。やはり意味を取り損ねて聞き返したが真実は判らないままだ。
「ねこ?」
「――おれサマは猫じゃない」
「猫だよ」
「ではなぜ人前で喋るなと言うのだ? 猫は喋ったり飛んだりしないものなんだろう?」
 それは普段はカインによって禁止されている。奥方がいらっしゃったときは家の中でも許されてたが、自己管理能力皆無なカインとまだ小さなフィールだけではとても生活できないと村の人たちが我らの家に出入りするようになったときにやめるように命令された。ご主人でもなんでもないこいつの命令を聞くのはシャクだったが、どこか抗いたがくて従わざるを得なかったのだ。
「それもいずれ判るよ」
 カインが笑ったのは周囲のエテリア達の気配で判った。それにつられてフィールまでもがきゃっきゃと笑い始める。おれサマは余計におもしろくなくなって銀色の頭に爪を立てたら即座に首を捕まれた。
「ねこ、爪を立てるなと何度言ったら判るかな。私はともかくフィールやきみのご主人では確実に怪我になるよ」
 そんなことはとっくに判っている。おれサマはフィールの相手をしてやっているときはけして爪を出さない。人間の子供の皮膚は弱いのだと繰り返しおれサマとカインに教え込んだのは奥方だ。しかしおれサマはこいつ相手に素直に答える気にもなれずそっぽを向いてただの猫の振りをした。
「ニャア」
「猫じゃないんじゃなかったのか?」
「ニャ!」
 ついでにぱたりと尻尾も振ってみる。
「――まったく」
 ため息一つと共におれサマはカインの頭上に戻された。村の周りをぐるりと一周するだけの散歩はもう終わりに近い。フィールはカインの腕の中ですでにまどろみ始めている。
 おれサマもなんとなく眠くなって冷たい銀色の髪の毛の上でくありと欠伸をした。
「おやすみ、ねこ」
「ニャ」
作品名:I'm waiting for you. 作家名:結城音海