星屑ウィンク
セットしていた携帯のアラームが七時十分前に鳴りはじめ、遊星はレポートを書く手を止めた。今週中に提出しなければならないゼミの課題だ。今日一日、没頭していたかいあって、だいぶ余裕を持って仕上げられそうだった。パソコンの電源を落として自分の部屋を出ると、遊星はそのまま玄関に向かった。手ぶらで家を出て、向かったのはすぐ隣。「十六夜」と表札の出た家のチャイムを遊星は押した。
すぐには応答がない。毎週この時間に遊星が来るのはわかっているから、インターフォンが使われたことはなかった。人の出てくる気配はなく、もう一度チャイムを押そうかと思うころ、ようやく気だるそうな足音が聞こえてきた。さも億劫そうに玄関のドアを開けて出てきたのは遊星の年下の幼なじみだ。彼女は遊星の顔を見るなり、ぷいと目をそらした。
「また来たの」
「ごあいさつだな」
アキの素っ気ない態度はいつものことだ。邪険にされながらも、遊星は追い返されたことがない。
「家庭教師なんて必要ないって言ってるのに」
独り言のように言って、アキは玄関に引っ込んだ。家庭教師を頼んできたのは、アキの両親だ。家族が不在の家にあがらせてもらえるほどに、遊星は幼なじみの両親から信頼されていた。本人の言うとおり、遊星がわざわざ勉強をみてやらなくとも、アキは成績はトップクラスだった。
「そうか。それもそうだな。では、オレからおまえの両親にそう言っておこう」
「え?」
踵を返した遊星を、アキが上着の裾をつかんで引き留めた。遊星はたっぷり余裕をもって振り返る。アキは裸足のまま玄関に降りて、「しまった」という顔で固まっていた。
「と……、途中で仕事を投げ出すなんて最低だわ」
苦し紛れといったようにアキは口を開いた。
「家庭教師はいらないと言ったのは、アキじゃなかったか」
なに食わぬ顔でそう言ってやると、アキは泣きそうな顔になった。突っかかってきたのは自分のくせに、消え入りそうな声で「いじわるを言うのはやめて」と言う。
これだから遊星はこのバイトをやめるつもりはなかった。後ろ手に玄関を閉めて、遊星は言った。
「早く部屋に戻って教科書を開け。今日は熱力学からだ」