さあつくりましょう
「あるところに平和島静雄という人間離れしている化物がいました」
「もはや人間じゃないじゃない」
「もう、冷たいなあ。波江は」
これから始まるのは、俺とシズちゃんの愛の物語。たとえればロミオとジュリエットかな。そう、悲劇。幸せな結末はどう足掻いても掴み取れない、辛い現実。
それを受け入れて、俺はこれから人生設計と言う名の物語を語ろうではないか。
平和島静雄は折原臨也を殺したいほど嫌っていました。何もせずとも、視界に入るだけで理性というものがはじけてそこらにある――たとえば自動販売機などを投げてくるほど、静雄は臨也を嫌っていました。
しかし折原臨也は平和島静雄のことを愛していました。人間離れした人間、否、化物でも、酷く愛おしく思っていました。それは何よりも純粋で、何よりも歪んでいる愛でした。人間すべてを愛している臨也は静雄が特別な存在だと気付くのには少しばかり時間がかかったけど、わかった瞬間、すべてを受け入れた臨也。
「俺はとんでもない化物に愛を捧げることになった」
ある日、折原臨也は仕事がてら池袋の忙しい街に出かけた。人、人、人、人。見渡す限り人で埋め尽くされている。臨也はその光景が心の底から好きだった。こんなにも大好きな人間が群がっている、囲まれている。なんて幸せなんだろうと、ニコニコしながらコートのポケットに手を入れる。中には護衛用のナイフがある。静雄から身を守るために。
たくさんの人の波にのまれているため、そう簡単に人を特定するのは難しいはずだ。それなのに。
臨也は表には出せない仕事を終え、波江と住んでいる高級マンションへ、人の波を掻き分けながら向かう。
今日も大金が手に入ったなあ、これだから人間は面白い。
ククク、と嘲笑うかのように喉で笑う。するとビュン、と空き缶が頬にかすった。刃物で切られたかのように頬に一本切れ筋が入り、少量の血が伝う。
「いーざーやああああ!!!」
「全くシズちゃんはどうしてこうも人がいるのに俺を特定できるのかなあ?あー?もしかして、シズちゃん俺のこと好きなの?困ったなー、俺人間しか愛せないんだよ」
「死ねええええええええ!!!」
「ごめんねー、生憎俺、仕事帰りで疲れてるんだよね。だから、今は遊べないんだ。じゃあねー!シズちゃん!」
「待ちやがれ、ノミ蟲野郎おおおお!!」
平和島静雄は池袋の人々に避けられながら折原臨也を追う。平和島静雄は顔に血管が浮き出ていそうな形相で臨也を追う。一方折原臨也は新しいおもちゃが手に入った子供のように笑って静雄に追いかけられる。
人間しか愛せないと臨也は嘘をついた。彼が一番愛しているものは人間ではなく、化物――平和島静雄だ。臨也はその嘘に自信らしくない胸の痛みを覚えた。この胸の痛みの癒す術はない。これは
「悲劇の物語だからさ」
「あなた、1人でそんなことやってて楽しいわけ?」
「波江だって、誠二くんと幸せになりたいだろう?」
それと同じだよ、と言おうと口を開けば波江に遮られた。
「あなたは幸せになってないじゃない」
「・・・これは悲劇の物語なんだ。すまない、訂正しよう。ロミオとジュリエットという表現は適切じゃなかったよ。これは俺の物語だ、俺の、俺による、俺のための物語だ」
わがままね、と波江は俺に向かってコーヒーをカップに注ぎながら言う。俺はデスクに向かって拳を叩きつける、その反動で3枚ほど書類が床に落ちていく、ゆっくりゆっくり。俺はハハ、と乾いた笑い声をあげた。なんて無様なんだ、愚かなんだ。
「波江」
「何よ」
「俺はシズちゃんが好きだ、誰よりも」
「気持ち悪いわね」
「キミには言われたくなかったなあ」
本棚に置いてある、首だけの少女に目をやる。
「歪んでるよ」
「性格が?」
「さりげなく失礼だなあ。まあ否定はしないけどね」
さあ物語を作ろう。恋愛?SF?ミステリー?ホラー?書き手はキミだ。さあ書いて、描いて。俺の、俺たちの物語を。
「結ばれなくても、好きにならなくても、殺されてもなんだっていいさ。俺はシズちゃんと同じ空気を吸っていればそれでいいんだ。俺の息が混じった空気をシズちゃんが吸えば俺はシズちゃんの体内を循環するんだ」
幸せな物語はかけない。不幸になる物語もかきたくない。
さあつくりましょう、つくりましょう。幸せにも不幸にもなれない、悲劇でもない、喜劇でもない物語を。
「俺は、平和島静雄を愛してるよ」
「臨也、あなたを理解することなんて、世界中を探しても」
いないわ。