C2+2O2→2CO2
C +2O →2CO
ひとさしのひかり
ひとさしのやすらぎ
誰か
誰か俺にくうきを下さい――
ずっと暗い世界にいた。
何も見えなくて聞こえなくて息が出来なかった。
だから、曲を作った。
息ができた気がした、ほんの少し。
ひとさしのひかり
出来た曲は山積みになったときに、いろいろな所へ送った。
初めて酸素を得た赤ん坊のように知らせたかった、誰かに。俺が生きていることを。
ひっかかったのは藤谷さんだったけど(笑)。
そして、その光は余りにも眩しかった。
その周りの酸素は余りにも濃かった。
俺は再び世界から遠ざかり、息もできなくなった。
そんな時、西条(最上)の音を聞いた。
「あ、坂本君、坂本君。また新しく去年かなんかのテープまわしてもらったからすぐ始めるよ」
戸を開けたら、そこに藤谷さんがいて、いきなりそんなことを言ってきた。どう見ても今来たってかんじが無いのでこの人は俺が出てくるのをずっと待っていたのかもしれない。暇じゃない筈なのに。
と、それはともかく、今日もまた一日テープを聴き続けるだけだと思うとうんざりする。実のところ俺と高岡さんと藤谷さんは、去年の末から約二ヶ月以上も大量のデモテープを聴きながら暮らしているのだ。いい加減うんざりで、諦めかけていた。というか、ただ単に飽きてきていた。
俺と藤谷さんが視聴覚室(と、藤谷さんが言うのでうつった。二階にある六畳くらいの趣味の部屋)に入ると、すでにいた高岡さんが待ちかまえていたかのように再生ボタンを押した。
たちまち聴き終わったテープが床に山をなしていく。
「次。『テディ・メリー』」
高岡さんはそれでも律儀にバンド名を告げてテープを入れ替えた。
もう聞き始めて数時間が経過していて、曲が終わったくらいじゃ誰も動かない。藤谷さんなんて、床にごろごろところがっている。
それでもようやく高岡さんが立ち上がって停止ボタンに手をのばしかけたとき、がたん、と椅子を引いたような音がスピーカーから響いた。
藤谷さんは驚いたのかうひゃっと更に床をころがりいきなり立ち上がった。
「何かはいってるんだよきっと。ショウタ君、止めなくていいよ。このまま聞いてみようよ」
高岡さんは既に元のように座り込んでいる。
そして、聞いた。
まっすぐにつきぬけて、まよわずにひびく。
前に入っていた曲でのドラマーじゃなかった。
荒削りだけど揺るがない何かがある。
こんな音を俺は知らなかった。
「坂本君に似てるね」
唐突に(しまった。言うの忘れてたけどこの人は大抵において唐突だ)藤谷さんが言った。よほど驚いたのだろう。目が真円っぽかった。
「いいんじゃない。こっちの欲求満たしてるし。坂本は?」
あっと言う間に終わったテープを巻き戻しながら高岡さんが聞いてきた。
「尚太君!」
「『テディ・メリー』」
高岡さんは心得たように巻き戻ったテープをケースにセットして、藤谷さんにわたす。
「よしっ。行ってくる」
と、藤谷さんは気合いを入れて、階下の電話(だろう、きっと)めがけて突進していった。
「この部屋にも一応電話あるって忘れてるよね、あの人」
と、あくまで冷静に藤谷さんへの評価を下して高岡さんは、再び俺に「坂本は?」と言った。
俺は咄嗟に言葉に詰まって、考えながら高岡さんを見上げた。
「息、が……」
「ん?」
「息が出来る――」
ここで笑わないのが高岡さんだと思う。
「そりゃよかった」
ここで俺がこの人実は、何もかも知ってたんじゃないだろうかという疑問を抱かないはずがあろうか、いやない。
ここで、俺にとっての西条との出会いは終わる(あくまで俺にとって)。
ので、ここからは少し蛇足だけど、物理的にあったことも話さなきゃ西条にとって不公平だろうと思うので、つけ足しておく。
「あかねっ」
きっかけが何だったかもう忘れたけど、西条の音を聞いてから数日後、高岡さんと二人でお茶の水の交差点歩いてた時のことだった。俺と高岡さんは、その時丁度かかっていたくだらない曲に対する不毛な会話を展開していた。
ついさっき聞いたばっかりの名前が耳に飛び込んできて、とりあえず会話が切れて二人して振り向いた。
そこにいたのは普通の(別に深い意味はない)制服姿の女の子で、あのドラムとは結びつきそうもないように見えた。
それで、こんな町中でいきなり会うとかいう偶然がそんなにあるわけないね、と、信号がかわると俺と高岡さんは歩き出した。後ろにいたところの「あかね」は何かを(音楽という言葉が聞こえたので多分バンド)クビになったらしい。
まあ、よくはないかもしれないけれど、すくなくはない光景だ。
でも妙に気になった。
振り返ると目が合った。
そして、確信した。
息。
呼吸。
俺の空気。
C+2O→2CO
作品名:C2+2O2→2CO2 作家名:結城音海