※わたしは塩派です
怒声や罵声というよりは獣じみた咆哮が響く昼休みの屋上。
声の主らに恐れをなして誰も寄り付かないその場所の片隅に、小柄な人影が、ふたつ。
「どっちも美味しいのにね」
「そうですよねー」
目の前の、ゴジラ対メカゴジラ的な衝突に動じることなく。もくもくと弁当を頬張る二人の少年―――名を竜ヶ峰帝人と沢田綱吉と言う―――は箸に挟んだ玉子焼きを見つめながらしみじみと呟いた。
目の前の二人が、よくわからないことで諍い……というか拳をぶつけ合うのはいつものことだけれど。今日の原因はまた、一段と馬鹿げた…いや、些細な……帝人曰く『心底どうでもいい』事柄だった。
「玉子焼きの味付けなんて僕はどっちでもいいと思うんだけど」
一つちょうだい、と。帝人は隣の弁当箱の綺麗な薄黄色へと箸を伸ばした。咀嚼すれば優しい甘みが口の中に広がる。
「うん。美味しい」
「そっち頂いてもいいですか?」
「もちろん」
帝人が差し出す弁当箱から綺麗に巻き上がった玉子焼きを摘み上げ、ぱくりと食した綱吉はその表情をふにゃりと和らげた。
「美味しいです」
「ありがと」
ほんわかとした空気で見つめあう可愛らしい少年二人。BGMは重いもの同士がぶつかり合うどかんだとかばきんだとかいう破壊音と「砂糖だぁぁぁぁ!!」「出汁巻きだって言ってんだろうが!!」という叫び声である。なんだかシュールだ。
「まあ、あれでコミュニケーション取り合ってるっぽいし」
静雄さん友達少ないからなぁ。拳を振り上げた、金髪の人物を眩しそうに見やって、帝人はぽつりと呟いた。
「それはスクも同じですよ」
対等にぶつかり合える相手って貴重ですしね。銀髪長髪の人物を眼に映しながら、綱吉は微かに苦笑する。
なにかとフラストレーションを貯めやすい気性であるから、ガス抜きは大事だよね。とそんな話をしたのも記憶に新しい。帝人もまた困ったような笑みを浮かべた。
「それに別のことで発散されても困るし……ね、」
あはは、と笑いながらそう告げる帝人の頬はほんのりと紅い。
「…?別のことってなんですか?」
薄茶の大きな瞳をぱちりとしばたたかせて、綱吉は心底不思議そうに小首を傾げてたずねた。
「え、そこつっこむの?」
聞き流そうよー。紅くなった頬を人さし指でぽりぽりと掻きながら帝人はその黒い瞳を泳がせる。
助けを求めるように前方の金色に目を向けるが、…この場合彼に援護を頼むのは得策ではないだろう。多分、激しく逆効果だ。
そんな帝人の背後から、ふらりと近づく人影が、ひとつ。
「兄さんそんなに激しいの?」
注意しておこうか?
そう言って帝人の手ごと箸を掴んで、器用に摘み上げたハンバーグを口に入れもぐもぐと咀嚼するその人物は―――
「幽さん!」
美麗な顔が間近にあるせいか、会話の内容が内容であるためか……はたまたその両方か。帝人は頬どころか首まで紅くした。
「え、ちょ、……身内からそういうこと言われるって、結構な羞恥プレイだと思うんですけどっ!!」
そう? と首を傾げる平和島幽―――静雄の弟である―――は帝人と違って顔色一つ変えていない。
こほん、と一つ咳払いをして、帝人は幽に向かい直した。
「……とにかく、それは結構です」
そう、と先ほどと全く同じ口調で返して。帝人の隣に腰を下ろして幽は言った。
「兄さんあの調子だとしばらく戻ってこないみたいだし」
それ、貰ってもいいかな?
「つーなー! 一緒にメシ食おうぜ!!」
「あ、ディーノさん」
両手いっぱいに購買のパンを抱えて現れたその人物に、綱吉は笑顔を向けた……のだが踏み出されたその足元に転がったバナナの皮(なぜこんなところに!)を見つけて顔色を変える。
「ディーノさん! 足元あしもと!!」
「え?」
ずるりと足を滑らせたディーノを支えようとした綱吉が、支えきれずに一緒に倒れこむまであと―――
それに気がついた帝人が慌てて立ち上がり、その拍子に足を縺れさせてふらつくまであと―――
そのふらついた帝人を支えるために、幽が帝人の腰に手を回すまであと―――
さらにそんな4人の様子にようやく気づいた喧嘩中のふたりが
『触んじゃねえ! それはオレんだ!!』
―――と声をハモらせて叫ぶまで、あと……