二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

"Chrysalis" 【Spark5:新刊サンプル1】

INDEX|1ページ/1ページ|

 
(略)

「………………っ!」

 ひゅ、と鋭い風切り音とともにナイフがアリスの頬を僅かに掠めて背後の的に突き刺さる。痛みはない。アリスから髪の毛一筋ほどずれて的に当たったのだろう。しかしアリスには胸を撫で下ろす余裕すらない。今の投擲はアリスに致命的な傷を与えることこそなかったが、目前の少女たちの手には未だ大量のナイフが握られている。予断を許さない状況であることに変わりはない。

「ど、どうしてこんなことをするの……!?」

 何とか拘束から抜け出そうと身を捩りつつ震える声で問いかける。とは言え両腕は天井から吊るされた手錠で自由を奪われており、所詮ただの少女でしかないアリスにはどうにもできない。無駄な足掻きであることはアリス自身も承知しているものの、そうは言っても何もせずにナイフの投擲を待つような真似もできそうになかった。
 問いかけられた少年と少女は、奇妙なほど似通った動作で首を傾げた。にこにこと笑っている。

「お姉さんのことが大好きだからだよ?」
「そうよ! 私たち、お姉さんともっと仲良くしたいのよ。だからね、遊んでよ!」

 正気とは思えない。よりいっそう顔を蒼褪めさせたアリスは懸命に両腕の拘束を外そうと抗うが、冷たい鉄が手首に痛々しい痕を刻むばかりで何の変化もない。
 そして少女は再びナイフを構え、少年は楽しげに微笑む。思わずアリスは呼吸を止め、少女が右手を振りかぶり、ナイフがその手を離れ、アリスへと一直線に――。

「……っと。危ない、危ない」
「!?」

 息を呑んだのはアリスか、子供たちか。或いは双方か。
 分かるのはその場に現れた男が明らかに異質な存在であるということ、それだけだった。

「やあ、アリス。元気?」
「……っ……。それを、今、聞くの……!?」

 この上なく緊迫した場面で、この上なく爽やかな笑みを浮かべ、この上なく悠長な言葉を吐き出す。そしてそんな態度が似合う。彼は――ハートの騎士エースは、そういう男だった。
 しかし普段のエースとは決定的に違っている点が一つだけあった。服装だ。常の彼は目が痛くなるほどの紅を身に纏っている。外套も騎士服も、全てが鮮血の色をしている。その派手な色彩は彼によく似合っていた。
 今は違う。今、目の前で大剣を構えているエースは全身を漆黒に染めていた。かつてクローバーの塔での会合の折に着ていたスーツと似通った印象を受ける。けれどもっと血生臭い何かを感じさせる。どこか既視感があるような、とそこまで考えてからようやくアリスは気付いた。ジョーカーだ。それもサーカスで見かける彼ではなく、牢獄に佇む彼の服装にどこか似ている。
 おかしな話だ。エースとジョーカーに繋がりなどない。少なくともサーカスが訪れる以前からエースと友人関係にあったアリスはそんな事実を知らない。ユリウスのいないクローバーの国で、死と隣り合わせの同情と友情を交わしてきた。役持ちの中では一番親しくしている相手なのは間違いない。
 だけど、ともアリスは思う。果たして本当にそうなのだろうか。親しいことは事実かもしれない。けれどエースについて何を知っているのかと問われればアリスは答えに窮してしまう。
 本当に、エースとジョーカーに繋がりはないのか。

「……まあ、その前にこっちを片付けなきゃいけないか」
「ひっ……」

 エースは小さく呟くと剣を構えたままアリスに背を向けた。エースが現れて以来硬直していた子供たちと正対する形になる。ただそれだけのことで、先ほどまで彼らに殺されかかっていたアリスですら気の毒になるほど、子供たちは怯えた様子で後ずさった。
 アリスからはエースの表情は見えない。しかし想像するまでもない。彼は笑っているだけだ。ただ、その笑みこそが何よりも恐ろしいのだということもアリスは知っていた。流れた冷や汗が頬を伝う。

「アリスと仲良くしたいって気持ちは俺もよく分かるぜ。彼女は特別だ。けど……」

 楽しげだった声から凄まじい勢いで抑揚が失われていく。アリスは恐怖で歯の根が合わない自分がいることを自覚した。震えているのはアリスだけではない。殺気を直接向けられている子供たちも当然のことながらガチガチと歯を鳴らして怯えている。――そう、これは明らかに敵意などという生易しいものではない。
 剣先を子供たちに突きつけたまま、エースはふとアリスを顧みた。思わずびくりと身体を揺らしてしまう。
 そんなアリスを認めて、エースはいっそ柔らかいとすら思える笑みを浮かべた。

「俺の獲物に手を出すのは、許せないな」

(略)