オオカミ少年
人ラブとか言いながら人を貶め、人を泣かし、傷つけて嘲笑う。こんな酷い人間、他に探したっていないだろう。
友人から聞いた話、ちらほらとネットで流れている話を総合しても最悪最低の人間なのだ。
だから帝人はこの男の言葉は全て嘘と虚言で塗り固められ、真意など何処にもないと思っている。
そんな人間がある日、とても真剣でそしてどこか思いつめた表情で帝人の前に立っていた。
帝人は学校からの帰り道で、あと残り数メートルでアパートへ着くという場所で。
「好きだよ・・・。帝人君」
彼の口から吐き出された言葉に、帝人は瞼を何度も瞬かせ、目の前で辛そうな顔をした男を見つめる。
さて、この男は今何を言ったのだろ一拍の間を置きそしてようやく頭に酸素が回り始めたのか、
臨也が言った言葉を思考回路が処理し始めた。
好き、とはこの男がよく人類に対してほざいている言葉であり、いつもいつもまるでそれが定型文であるかのように臨也は『好き』『ラブ』という言葉を口にする。
だが、それは飄々として告げられる言葉であり、このように思いつめ、一語一語苦しそうに呟かれる言葉であっただろうか。
「ねぇ・・・。帝人君。君は俺のこと・・・どう思ってる?」
今にも泣きだしそうな赤みがかった黒真珠に帝人は困惑を隠しきれない。
どう思っていると聞かれても、それは前記に述べたように『酷い人間』それにつきる。それ以外にこの男を思ったことなどない。ましてや恋愛感情などありえない。己も男、目の前にいるのも男。けれど、先ほどこの男から好きだと告げられたばかりだ、と帝人はどこか他人事のように、今の状況を考えていた。
しかし、帝人君。と臨也が悲しげに己の名前を呼ぶものだから、帝人の思考は現実に引き戻され、また先ほどの臨也の質問に対する答えを考え始める。だけどやはり思いつくのは『酷い人間』だけなのだ。ただそれを実直に告げるほど帝人は度胸もなかったし、図太くもなく、流石にそれは失礼だろうとなんどか巡回した後、当たり障りのない言葉を口にせざるを得なかった。
「どうと言われましても」
帝人の言葉に臨也の顔が苦痛でゆがむ。否、何かの葛藤に耐えているような顔だった。
帝人はさらに困惑する。この人間はこのような顔をする人間であっただろうか。
このように、辛そうな顔を他人に見せる人間であっただろうか。
「・・・急に、言ってごめんね。そうだよね。うん、本当、今のは忘れていいから」
彼にとっては精一杯笑ったつもりなのだろう、けれど帝人には臨也は寂しそうな顔で微笑んでいるように見えた。
そして帝人が声をかける暇もなく、臨也は黒いコートを翻してその場を去ってしまった。
「・・・お茶くらいなら出してあげたのに」
ポツリと呟かれた帝の人の言葉はどこか憂いと寂しさを帯びていたことを、帝人本人も知らない。