さよなら、愛。
無知は罪だと、誰かが囁いた。
冴え冴えと冷えた蒼い眼差しで、帝人はかつての友を見つめた。
冗談混じりに触れあった手には己の心臓を狙うナイフがしかりと握り締められていた。
きっと、誰かに殺されるだろうとは思っていた。
それが誰かか考えるのは億劫で、何よりどうでもいいことだった。
命を狙われ、狙う。
殺したいひと、殺そうとするひと。
帝人はいつでも、誰にでも前者だった。
(知らない誰かに殺されるよりは、知っている誰かに殺されるほうが)
そう考えて少しも揺らぐことの無い己の心を前に、帝人はその思考を捨てた。
いらないものはいらない。
帝人の心境はシンプルなものとなっていた。
独りになったあの日から。
「帝人」
名を呼ばれ、ぱちりと瞬きをする。
低く低く押し殺したような声音。
まるで名前を呼ぶのすら苦痛だというような顔。
そうまでして声を上げなくてもいいのに。
ただ黙って、武器も護る盾も何も無い帝人の胸にそのナイフを一突きすればいいのに。
いまさら、抵抗なんてみっともない真似はしない。
終わる時は終わるのだから。
それが今なら、仕方がない。
「なあ、もう一度、やり直さないか」
「そうです、今ならまだ、」
もうひとつ声が上がる。
いつのまにか役者が増えていた。
どれもこれも懐かしい顔ぶれ。(懐かしいと感じる自分に驚いた)
「まだ、間に合いますから」
柔らかな少女の声に、帝人は瞬きを繰り返した目を、うっすらと細めた。
淡い蒼がゆらりと揺らめく。
ごめんな、と謝罪を残して消えた幼馴染。
私には無理です、と告げた心優しい少女。
俺は抜ける、と言葉少なに去った青年。
みんな、みんな、帝人を置いていった。
(ねえ、何がいけないの?)
(何が悪かったの?)
(どうして、どうして、)
泣き叫ぶ子供に悪魔は囁いた。
(君は知らず知らずの内に罪を重ねていただけだよ)
ただ、それだけだ。
それだけで、君は全てを失ったんだ。
(かわいそうにね)
失ったものに縋るのと、傍らにある冷たい掌に手を伸ばすのと、ねえ、どっちが正しかったのかな。
首に絡む黒い腕。
対峙する者達の息を呑む音がした。
「どうして、」呟かれた声に、帝人は今度こそ、
わらった。
(傲慢に、尊大に、悲哀に、苦痛に、透明に、愛しげに)
「もう、無理だよ」
だって、僕は選んでしまったんだもの。
帝人は瞼を閉じる。
怒声、悲鳴、必死に名を呼ぶ声、音、音、音、
冷たい掌が瞼を覆う。
「この子は俺のものだ」
悪魔の声を最後に帝人の意識は闇に落ちた。
永遠に、永久に、(目覚めることのない眠りを)
(やっと手に入れた)