人を呪わば穴二つ
「紀田先輩と、帝人先輩と杏里先輩、早く仲直りしませんかね? 三人揃って、こっち側にきてくれたらいいのになぁ」
正臣が去ると、青葉は世間話のような口振りでセルティに話しかけた。
『前半は賛成だが、後半は大反対だ。あっちもこっちも最悪じゃないか』
セルティは、呆れたように返した。しかし、青葉は特に気にした様子も無く微笑んだ。
「とにかく、来てくれて助かりました。ありがとうございます」
セルティは、内心溜め息を吐きながらPDAに文章を打ち込んだ。
『大勢に囲まれて、袋叩きに遭いそうなんじゃ無かったのか?』
「嘘も方便、ですよ」
青葉は、にこりと笑みを浮かべた。
――――――全く、調子のいい奴め。
セルティは、双子からおおよその事の次第を聞き出したが、情報は断片的でしかなかった。臨也の指示で、青葉が呼び出されていることは分かったが、肝心の場所が分からなかい。
臨也が口を割るとも思えず、セルティは駄目元で本人にメールを送ったのだ。数ヶ月前、急に押しかけられて以来、それっきりになっていたメールアドレス。まさか返ってくるとは思わなかったが、すぐに場所と状況を記したメールが返って来た。知ってしまった以上放っておくのも後味が悪く、こうして様子を見に来たのだ。
臨也の計略を潰してやろうという感情も、半分ぐらいはあった。
『とにかく、人質はピンピンしてるから、心配しなくていい』
セルティがそう知らせると、青葉は目を瞠り、それから笑いを零した。
「知ってますよ。俺の番号に非通知でかけて来た時点で、変だと思ってたんですよね」
楽しくてしょうがないとでも言うように笑う青葉に、セルティは脱力して肩を落とした。
『だったら、無視すれば良かっただろう』
「本当だったら面白いな、と思いまして」
青葉の人懐っこい笑顔が、性質の悪い笑みに変わる。
――――――臨也といいコイツといい、何でこうも捻くれてるんだろうなぁ……。
万一のことがあっては目覚めが悪いと、こうして駆けつけたのが馬鹿らしくなってくる。セルティは内心溜め息を吐きながら、バイクをUターンさせた。
『じゃあ、私はもう返るぞ』
「はい、どうもありがとうございました。やっぱりセルティさんとお友達になって正解でしたね」
一見無邪気に聞こえる少年の言葉に、セルティは緩く首を振った。
『……せいぜい、狼少年にならないことだな』
セルティはそう言い残すと、複雑な心境で廃工場を後にした。
セルティが去った後も、青葉はしばらくその場に佇んでいた。
「やっぱりあいつの差し金か……つまらないやつ」
青葉は冷めた調子で呟くと、I携帯を取り出し、仲間の一人に連絡する。
青葉は一度携帯を閉じたが、再び携帯を開け、じっと画面を見つめた。今日何度もかけた番号の上で、指先が逡巡する。
しかし、青葉がボタンを押すより先に、携帯が着信音を鳴らした。びくりと身を震わせる。
届いたメールの差出人を確認し、青葉は苦笑を漏らした。そして、メールに添付されていた画像を開いて、ぴしりと硬直した。
――――――あの廃工場、本当に色々あるなぁ。
帰りの道すがら、セルティはつらつらと考えた。
――――――黄巾賊のあの子は、まだ戻って来ないのかな。
あの場にいたということは、臨也の計略に加担していたということだろう。しかし、邪魔する形になってしまったセルティに、直接の敵意は無いようだった。向けられた視線の意味は分からなかったが、セルティは好意的に解釈した。彼は帝人や杏里の友達だ。今日のことだって、彼が居ればセルティにお鉢が回ってくることも無かっただろう。
――――――……早く帰って来いよ。
決して本人に届くことはないと知りながら、セルティはそっと心中で呼びかけた。