笑っちゃうほどMutual love!
池袋に出掛ける。
それだけ。
「いーざーやぁぁあああ!!」
池袋の街をふらふらと彷徨っていれば、必ずどこかで静雄に会うことができる。静雄が臨也を見つけて手近な公共物を投げつけるのが先か、臨也が静雄を見つけて挑発交じりにその名を呼ぶのが先か。
どちらにせよ、静雄の怒声が響けばそれが追いかけっこのスタートの合図。
「やあシズちゃん、偶然だね! 昨日ぶり?」
飛んできたものをひらりとかわして、臨也は爽やかな笑顔でわざとらしく驚いてみせた。そんな見え透いた挑発に、けれど静雄は毎度のごとくきれいに乗ってくるのだ。おそらく彼の意志とは逆に、それはもう反射となって静雄の身体は臨也へと向かう。静雄の足は臨也へと駆け出す。
臨也は静雄の視界を出たり入ったり、決して追いつかれないように、けれど決して見失われないように一定の距離を保って逃げる。
池袋中をフィールドにしたその一方的な逆鬼ごっこは、もはや街の日常と化している。
「ねえシズちゃん、いっつも思ってるんだけどさあ、なんで俺が来たことわかるわけ?」
「知るか! てめえが勝手に視界に入ってくんだろうが!」
走る速度を落とさないまま、臨也は大声で静雄に問いを投げつけた。対する静雄はそんなことはどうでもいいと、忌々しげに吐き捨てる。
「それって、なんか運命みたいじゃない俺たち! 相思相愛だね!」
「きめえ事言ってんじゃねえ!」
「だってさ、毎回こうして会えちゃうなんてすごいことだと思わない?」
手が届くか届かないかのぎりぎりまで静雄を引きつけ、臨也は唐突に足を止めた。くるりとその身を反転させて、静雄に向かって微笑みかける。ひらりとコートの裾が翻る。
追いかけっこに飽きないように、こうして時折不意打ちを織り交ぜることも忘れない。
「……っ」
静雄が思わずひるんで足を止めた一瞬を、臨也は逃さずその懐に入り込んだ。静雄の蝶ネクタイをぐっと引っ張り、近付いた顔に己の顔を寄せる。
その唇を、唇で塞ぐ。
わずか一秒。
次の瞬間には静雄から飛びのき、臨也は急いで距離を開けた。
「あははっ! 奪っちゃっ……あれ、シズちゃん?」
てっきり激怒して殴りかかってくるかと思いきや、静雄は口を押さえて固まったままそこから動いていなかった。よく見れば羞恥のためか怒りのためか、首筋から耳まで真っ赤になっている。
「そっかシズちゃん、初めてだっけ!」
そんなことは承知の上で、臨也は意地悪く静雄の神経を逆撫でする。その言葉に我に返った静雄は、瞬時にすぐそばのコンビニのゴミ箱を持ち上げて投げつけた。
「いっ……ざやぁぁ!! てめえぶっ殺す!!」
「おっと! そんな怒んないでよシズちゃん! 減るもんじゃないんだしさ!」
どうやら羞恥の方が強いらしい静雄の反応に気を良くして、臨也は逃げるその足を速めた。
静雄の感情はとてもわかりやすい。嫌なら嫌そうな顔をするし、もっと激怒しているだろう。けれど今はそうではなかった。
――まったく、そろそろ気付いてもいいだろうにねえ……。
やれやれと呆れながら、けれど己の予想が外れていなさそうなことに臨也はかなり満足していた。満足して、同時に少しうんざりする。
――やっぱり、シズちゃんも俺もお互い様なんだよね。笑っちゃうよほんと。
自嘲気味な笑みを浮かべて、更に強く地面を蹴った。点滅する目の前の信号を無理やり渡りきる。振り返ると、静雄は交通量の多いこの交差点の向こう側で悔しそうにこちらを睨んでいた。標識や自販機は平気で壊す癖に、妙なところで常識的なのだ。
「じゃーねーシズちゃん! また会おうね!」
満面の笑みで静雄に向かって大きく手を振り、臨也は再び駆け出した。
本日の追いかけっこはおしまい。臨也とて、そんなに暇でもないのだ。
――今日は結構な進歩だったなあ。
キスをした時の静雄の反応を思い返して、臨也はその口元を緩めた。
まったく嫌になるよねえ、と誰に言うでもなくひとりごちる。
――殺したいほど嫌いだってのに、こんなに相手が好きだなんてさ。
作品名:笑っちゃうほどMutual love! 作家名:ユトリ