届かないはずは無い
機会はいくらだってあるんだ。
それを、自分自身の手で払いのけてしまっているだけであって。
「ミント」
ただ名前を呼んだだけだった。なのに、いつ頃からか酷く緊張してしまうようになった。それは多分、僕だけでなく、彼女も。
「な、何でしょうか?」
リビングから廊下へ繋がる扉にミントが手を掛けた瞬間だった。振り返った彼女の表情は硬かった。
部屋へ戻って就寝するにはまだ早いと思う。実際、チェスターやアーチェも一緒になって暮らしていた頃は、まだ皆で談笑をしていた時間だ。
ミントが黙って立ち上がり、静かにリビングから出て行こうとした時に僕が思わず声を掛けてしまった。でも、次に続くはずの言葉が何も思い浮かばなくて。
「……い、いや、大した話じゃないから、いいや」
「そう、ですか」
それは本当の事だ。本当に大した事はない話だった。
もう少し二人で話をしていたい、なんて。居心地悪そうにして部屋へ戻りたがるミントにとっては、重要な事ではないだろう。
「明日も早く起きなければなりませんから、もう寝ますね。……おやすみなさい」
「うん……おやすみ」
結局ミントを引き止める事は出来ず、ようやく解放されたと言わんばかりに肩の力を抜いたミントは、廊下の暗闇へと消えて行った。
今までだって二人きりになった事はあったのに。いつからこんな臆病になってしまったのだろうか。
彼女と向き合うのが、こんなにも怖いだなんて。
傷つけたいわけではないし、苦しませたいわけでもない。そんな事は望んでいない。
望んでいないけれど、果たして自分がそんな馬鹿な事をしないとは限らないんじゃないか?
そんな風に悩んでいる内に、昔は確かに出来ていたはずの会話の仕方を忘れていた。
ミントも、何も言ってくれないし、何も見てくれないから。
……じゃあ、どうしろって言うんだ。
きっかけを何も作れないでいるんだから、彼女にどんな言葉を掛ければ良い?
思わず出た溜め息は震えていて、一人で居ると広く感じるリビングが僕にとっても居心地悪く感じてしまった。