【スパーク新刊】すき、だいすき、【サンプル】
え、あ、ゴメン、またやっちまったか、慌てて兄が腕をほどいた。
ぁ…、弟が見る間に泣きそうな顔になってあっと兄が気付いて慌ててまた抱き締める。うぅう、とその腕の中で小さくうめいてぐりぐりと、顔を埋めた胸に頭を擦り付ける。あーもー…、兄が呻るのは自分にだ。ごめんなあ、俺、なんか加減わかんなくてよ、
ぐりぐり、ぐりぐり、あがってこない頭を撫でて、兄はその体をまたぎゅうっと、
端から見ればもう完全に出来上がった恋人同士のじゃれあいである。けれど、彼らはまだ付き合い始めて半日も経ってなくて、けれど彼らの仲はたぶん八十年連れ添った夫婦より睦まじかった。おーい、兄が困ったように笑って腕の中に声掛ける。弟は無言でぐりぐりまた頭を擦り付けて、こたえなかった。
よく、晴れた日の午後だった。その川辺には彼らしかいなくて陽のひかりにきらきら、流れてゆく目の前の水面が揺れる。
にいさん、そう言えば俺たちが一緒になってそろそろ二十年になるが、俺たちは夫婦だろうか、
四時間ほど前弟が言った。昼食の後片付けを、もっと言えば使った食器を並んで台所で洗っているときだった。ジャー…、エコを心掛けているけれどこれだけはと弟が好んだ出しっぱなしの水に自分の好きなあわあわのスポンジ。俺がこすってこいつが流して、乾燥用のラックにかちゃり、
うん?
あまりに唐突に、ぽつりと言われたものだから最初よく聞こえなかった。
泡だらけにし終わった食器を手渡すのと一緒に横を向くと、弟はしょんぼり下を向いてしまっていて兄は慌てた。え、ぁ、お…?
仲の良い兄弟だった。
兄は生まれたときから弟を知っていて、弟は生まれたときから兄が自分の傍にいて、今までずっとずっと一緒に暮らしていてそのべたべたっぷりは周りからは呆れられるほどだった。半世紀くらい前にちょっとヘタ打ってしばらく居場所が落ちつかなかったのだけれども弟の言うとおり二十年ほど前に結婚して晴れて堂々と一緒に暮らすことになって、
…そういやあ俺コイツにプロポーズしてねえなあ、一瞬思った兄だったけれど、ばっか俺とお前が夫婦じゃねえって言うならあの日仲人した坊ちゃんやあのオトコオンナは一体何だったんだと(ってかお前待て、オイ、そんなこと絶対あいつらの前で言うなよ、言うなよ…?!)(少々の己の身の危険を感じ内心ひやひやしつつ)弟に言った。
(…でもそういえばそうだ、そうだな、)
もう二十年だった。寧ろこの弟に泣きながらプロポーズされて、おう、とこたえた日。そうだなあ、この二十年したことといえばお前とえっちいことくらいだもんなあ、いやらしい意味でなく兄は言った。そうなんだ、しょんぼりしたように弟が言った。あんまり、『夫婦』らしいことができていない。国はと言えば着実に少しずつ二人で分担して動かしていたが、では彼ら個人はということになるとそういえば驚くほど何もしていない。
…そもそも夫婦ってなんだろうな?
今更のように兄が言った。そうなんだ、また、弟が繰り返した。二人とも結婚なんかしたことがなくて、そういえば親戚に結婚のプロみたいなやつがいたのを二人とも思い浮かべたけれど、二人とも、いやあれは参考にはならないだろうと心の中で首を振った(一時期居候としてこの家に受け入れたことがあるがあの様子では…と思ったのだ)
え、ええと、じゃあなんか思いつく夫婦らしいことしようぜ!言ったのは兄だった。そうだ、んじゃこの食器洗い終わったらな、
並んで食器を洗っていること自体がもうすでに夫婦らしいことである、というのをずっと一緒に暮らしてきた兄弟は気付かない。
…という話を書きました。
入稿したので出る、はず…!
【すき、だいすき、 /R18/A5/オフセット/表紙フルカラー/52P/\500】
Comic City Spark5 【G51b 散漫リルラ】にて。
作品名:【スパーク新刊】すき、だいすき、【サンプル】 作家名:榊@スパークG51b