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crimson red.

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爪を塗って欲しいと言われた。
そもそも彼らの爪の色はもともと彩られたものであり、
ヒトのように爪が伸びてきて色が禿げていくとか、
そういう類のものではない筈だ。
どうしてかと理由を問うてみれば、
二人は顔を合わせて悪戯っ子のように笑って、
「色を交換してみたいの」
なんて可愛らしいことを声を揃えて言った。

とりあえず除光液で取れるかどうか試してみた。
それは案外するりと落ちた。
二人して除光液と戦いながら爪の色を落としていく。
サイケのほうは特に匂いを嫌がって駄々をこねた。
彼に甘い津軽は自分が落とそうかと申し出たが、
俺は常々甘やかすのはよくないと考えていたので
「自分で落とさないと塗ってやらない」と
大人げない台詞を吐いてやった。
すると意外にもサイケはやる気を出したようだった。
半分涙目で、ごしごしと吹き取っている。
そんな様子を心配しながらも作業をこなしていたので、
先に10本の指を落とし終えたのは津軽のほうだった。

サイケよりも先に塗ってもらうのは忍びないのか、
津軽は何だかそわそわしている様子だった。
それでも俺が用意したピンク色のマニキュアを見ると
目を輝かせながら、両の手を差し出した。
下から現れたのはつるりとした普通の爪のいろ。
だけどいつも鮮やかな色をしていたそれが、
いざ普通になると少しばかり違和感を覚える。
そしてその手を取ってふかく、ふかく後悔するのだった。

(あぁ、そうだった、この手は、)

長い指、大きなてのひら、整った爪の形。
顔をあげれば何も知らない津軽が首を傾げていた。
俺の情けない顔を見たせいで、おろおろと眉毛を下げている。
「何でもないよ、ごめんね」小さな声でそう言った。
それ以降はただただ、形のいい爪に色を塗っていった。
ムラにならないように綺麗に塗っていけば、
俺の知っている爪はひとつ、またひとつと消えていく。
それがひどく安心した。

後ろからは全部落とし終えたらしいサイケが
「はやくはやくー!」と催促している。
後ろから服を引っ張るものだから「順番!」と
強めに叱ってやった。なんだか子犬の躾みたいだった。
諦めたサイケは俺の肩に手を乗せ身を乗り出しながら、
津軽の爪に新しい色が塗られていくのを見ていた。

合計20本の爪にマニキュアを塗り終える。
男である自分には珍しい作業だったので
想像以上に疲れた。鼻につくにおいも困りものだ。
「乾ききっていない内は触っちゃダメ」と
サイケに伝えると彼は急いで乾かそうと爪に息を吹きかける。
先に塗り終えた津軽のほうは綺麗に乾いていて、
嬉しそうにピンクの爪先を見つめている。
そんな津軽に早く抱きつきたいのだろう、
サイケはじれったそうにふうふう息を吹いている。

そんな二人を眺めながらやれやれと溜息をついた。
換気しようと窓を開くと、外の匂いが一斉に入って来る。
夕暮れの街を見下ろしながら、思い出すのは。



“暴力ばかりの手なのに、きれいなんだねぇ。”

ほんの、冗談のつもりだった。
綺麗だと思ったのは本当だったけれど。
でもあの長い指とすらりとした骨の流れを見れば
誰でもそう評すると思ったから、
とくに深い意味もなかったのに。

俺の言葉を聞いて、浮かべたその顔は。
窓から射す夕日のせいだけではないほどにあかく。


窓に寄りかかりながら振り返ると二人が視界に入る。
二人は手を合わせながら楽しそうに笑う。
「つがるの爪きれいだねぇ」
サイケがそう言うと津軽は照れて頬を染める。
その頬の色はあの日の彼のものよりは薄かった。


マニキュアの匂いがつんと鼻につく。
除光液の匂いがくらくらと思考を阻む。


俺なら、あの爪に塗るのは赤が良いと思った。
作品名:crimson red. 作家名:しつ