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新刊サンプル【母様だって恋したいっ!】

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何故彼に声をかけようと思ったのか。彼のような良く言えば華奢な、悪く言えば軟弱そうな人間は好みではなくて、気まぐれでも起こさない限り声をかけはしなかっただろう。
 だから、この出会いは運命だったのだと、今でもそう思っている。

* * *

「なあ、アンタ」
「ん?」
 呼びかけに振り返った彼は大きな目をぱちぱちとさせた。気弱そうな表情はともかくとして、顔はそこそこの及第点だ。少し小柄だけどそれも一興だと思って、笑顔を作って少し甘えた声を出す。
「オレとイイコトしようぜ」
 少し前屈みになって腕を寄せると、自慢の胸が綺麗な谷間を作る。大抵の男はそれだけで顔がだらしなく崩れるのだが、彼は違った。
「……うーん、どうしようかな」
 首を傾げて、胸元に目を留めようともしない。小さい胸が好きだとか男が好きだとかそういうわけではなく、単にソウイウコトに興味がないらしい。見えてはいるんだけど、そこに価値があると思っていない、そんな感じだった。
「別に、金なんか取らないからさ」
 今度は裾を少し広げて見せる。太股の付け根すれすれまで肌を見せても、反応は変わらず、彼は腕を組んでうなっている。
「うーーん」
 ことごとく色仕掛けを無視されると、こちらにも意地がある。絶対に逃がしはしないと少し距離を詰めて、言葉を重ねる。
「別に、急いでる訳じゃないんだろ」
「そうだけど……」
「オレみたいな女は嫌い?」
 わざとらしく涙を浮かべて見上げてみせれば、彼は慌てて手を振った。
「違うよ。キミはとっても魅力的だと思う」
 真顔での台詞は嘘には思えなくて、少しだけ胸が詰まる。勝手に頬が熱くなったのが分かって、気付かれないように顔を逸らした。
「……そう」
「でも……」
「でも?」
 迷っているのかはっきりしない言葉に問い返すと、彼はぼそぼそと小声で呟く。
「女の子の扱いが良く分からなくて」
 なんだ、経験が少なくて困っていただけなのか。そう分かると急にほっとして、顔の筋肉が緩んだ。
「いいよ。全部オレが教えてやるから」
「えっ、悪いよ」
「だいじょーぶ。別にとって食うわけじゃないんだし」
 ちゃんと手を合わせて頂くから、と心の中で付け加えて、彼の手を引く。手頃なホテルの場所は頭に入っている。部屋に連れ込めばこっちのものだ。
「そうだ、キミの名前は?」
「名前?」
「呼ぶ時不便でしょ」
 その言葉に、少しだけ考える。本名を伝える気にはなれないから、適当な名前をつけなくてはいけない。しばらくして思いついた名前は我ながらふざけていた。
「……二十代って、そう呼ばれてる」
「分かった。二十代君だね」
 よろしく、と律儀に向けられた笑顔に微笑みを返して、心の中で舌を出した。