スキマスイッチの「キレイだ」でドタイザ
そんなふうに始まった俺たちの生活はしかし1年も保たなかった。いい加減にしろよ、という彼の抑えた怒鳴り声を思い出す。なんでおまえは、そこでいつも彼は、こらえるように言葉を飲み込む。なんでおまえは、どうして、・・・なに?つづきは?聞いても彼は、いや、いい、もういい、と顔をそむけてだまりこむばかりだった。彼はきもちを言葉にすることをしない、俺は大切なことは言葉にできない。ああ、本当に思い返すばかりに正反対な二人だった。なにもかもが思い通りにいかなかった。彼の乱暴な手つきを思い出す。俺を暴く手はいつも乱暴だった。やさしい彼が俺につらくあたらなければならなかった、その理由を思うたびに、俺は彼のやさしさに涙がこぼれそうになる。俺が泣くなんて信じらんない?ねえでもほら、この頬を伝うのはたしかに涙でしょう?俺だって泣くんだよ。ただの人間なんだよ。
ねえドタチン、君の望むとおりに生きられなくてごめんね、でも俺はこういう性格で、こういうふうにしか生きられない。それでいいじゃないってなぐさめてみても君が居なけりゃ空しいだけだ。君と過ごしたこの空間は今、君を失って意味も無くして、ただ朝の光を受けながらぼんやりと輝いている。床や机に余すとこなく詰まれたインスタントのゴミをかきわけてここへ越してきたとき記念にとねだって撮らして貰った写真を取り出す。写真の君は太陽がまぶしいと顔をしかめていて、だけどとてもうつくしく、だれよりうつくしく輝いている。そんなキレイな君はもういない。もうここにいない。俺の涙を知ることもない。さようなら、さようなら、きっと君ともういちどなんてことはないだろう、だけど俺はちょっと期待してしまうんだ、こうしてみっともなく息をしつづけていたらいつか君が俺を見つけてくれるんじゃないかって、もういちど俺と同じ時間を過ごしてくれるんじゃないかって、だからいつまでもこの写真は破けなくて俺はずっとこのままだ。
ねえドタチン、君は俺が変わったら、そしたら俺を愛してくれたのかな?答えのわかりきった疑問をつぶやいてみて自分で笑う。答えはまさかだ。愛したくても愛せやしない、俺が俺であるかぎり。だけどね、ドタチン、俺はドタチンのこと、・・・自分で言ってばからしくなって、俺はほったらかしにしていた携帯を手に取った。ドタチンからの着信はもちろんない。ふふ、と笑って通話口に用件を簡単に告げる。さあ、業者さんが来る前にこのゴミの山を片付けておかないと。ドタチンがいなくなってから俺が自分を生かすために買い込んだインスタントはもうすべて胃に収めきっていた。これから先、もう二度と俺はインスタントで食いつなぐことをしないだろう。だってこれは失恋記念だ。俺はドタチン、君の手料理が大好きだった。いつかもういちど君の手料理が食べられる日まで、インスタントはお預けだ。さよなら、俺の愛しい日々。さよなら、俺のドタチン。カップラーメンやレンジでチン系の燃やさないゴミを詰めた黒い袋を手に、俺はコートを羽織って、振り返ることなくその部屋を出た。バタン、と音を立てて閉じた扉が、俺たちの関係を象徴しているような気がして、またすこし、涙がにじんだ。
作品名:スキマスイッチの「キレイだ」でドタイザ 作家名:坂下から