全てはボスの名のもとに1
都会の光から外れた暗闇ばかりが広がる路地。そこに似つかわしくないワンピース姿の女と青年達。そして蹲って呻いている男がいた。
「あなたは私の兄を裏切りました。・・・覚悟あってのことだったのでしょう?」
にっこりと笑う少女といっても差し支えない容姿をしている女性は、その綺麗な足に履いているハイヒールで男の頭を踏みつけ、押しつぶし始めた。ギリリと骨がきしむ音がする。
男は涙目になりながら、もう立ち上がることもできないのだろう。蹲った態勢のまま赦してと何度も懇願していた。
けれど男の手は女の足をどかそうと、彼女の足首をつかもうとする。
次の瞬間、先ほどまで女の後ろに控えていた青年の一人が男の腹にけりを一発食わせた。
男は血反吐を吐きながら、痛みに耐えきれず嗚咽をこぼし、涙を流している。
男はそれ以上動かなくなった。けれど死んではいないだろう。それくらいで人は死なない。
「帝さん、そんな野郎の頭をあなたが踏むことありませんよ、むしろ汚れるんでやめて下さい」
青年は苦笑しながら帝の前に跪き、男の体液で汚れているであろうハイヒールをハンカチで拭くと、すくりと立ち上がった。若干青年のほうが帝よりも背が高い。
「青葉君?私は一言も手を出していいと言っていなかったよね。どうして手を出す」
帝は先ほどまで見せていた笑顔を引っ込ませ、懐にいつも入れているボールペンを青葉の目、すれすれに突き立てた。ヒクリと青葉の肩が跳ね、瞬きをすることもできず帝を見つめ続ける。
そんな青葉の姿にまるで興味を失ったような態度で帝はため息をついた。
「もういいや。・・・面倒だよね。この男、君たちが処分しておいて」
本当にどうでもよくなったのだろう。顔には一切の笑みはなく、男に対して笑みを浮かべることもなかった。
帝は腰まである長い髪をたなびかせて、青葉たちを背にしてどんどん歩き始める。
そんな帝に青葉は駆け足について行った。
「帝さーん!待ってくださいよ!僕も帰ります!」
「青葉君は彼らと一緒にあの男を処分しておいて?手を抜いたらお仕置きだよ」
帝は振り返りざまにっこりと青葉に笑いかけると、今度こそ振り返ることなくその場を去って行ってしまった。
青葉は帝からのお仕置きを受けてみたい気もするが、さすがにそれで帝に嫌われたくなかったし、用済みとも思われたくなかったので致し方なく、本当にしぶしぶ仲間のブルースクウェア達と一緒に男を縛り上げ、いつものところに連絡を入れた。
「今日の帝さん、やけに荒れてましたね・・・」
「何かあったんすか?」
連絡先の連中が来るまで暇なのか、仲間の幾人かが青葉に質問をしてきた。
青葉も帝からの連絡がない以上暇でしょうがなかったので、今日どうして帝が荒れていたのかを話し出す。
「今日は帝人さんと食事する約束だったんだよ。それなのにあの男のせいで店は爆発するし、
帝人さんは帝さんを守って怪我するし」
今日の帝は、それはそれは今日の食事を楽しみにしていたのだ。それなのにあの男のせいで全てが水の泡。しかもよりもよって帝人が怪我をした。それも己のせいで。
帝は本気で怒っていた。あの笑顔はその証。あの冷たい仮面の笑顔は帝が本当に怒っている証拠なのだ。青葉はいやだね、と一人ごちる。
「何が嫌なんっすか?」
「んー?・・・帝さんの機嫌が悪いと嫌なんだよ」
早く連絡した連中に来てもらって、とっとと自分は帝のご機嫌取りにでも行きたいと青葉は思った。
作品名:全てはボスの名のもとに1 作家名:霜月(しー)