きみいろにとける(円→風)
カーテンを開けて、まだ眠たい頭でぼんやりと空を見上げると、重たい灰色の雲がずっと遠くの空まで覆っている。
机の上に置いていた携帯電話が、チカチカとメールの着信を告げていた。
見れば監督からの連絡網で、雨だから練習は中止だ、との内容だった。
残念、と思うと同時に少しだけわくわくした。
日曜日。部活はない。雨が降っている。
三つ、偶然が重なった。
練習が出来ないのは嫌だしつまらない。
それでも、円堂だって普通の中学生だ。少々、いや、友人たち曰くだいぶ、サッカー馬鹿なところはあるけれど、何も予定のない休日というものが嬉しくないわけがないのだ。
「何しようかなあ」
ふわあ、と一つ大きな欠伸。
ざあざあ、と大きな雨音。
この雨だと、今日の昼に予定されていた好きなサッカーチームの試合も中止だろう。
日曜日の午前中に面白そうなテレビがやっているはずもない。
いつも読んでる漫画雑誌の発売日は明日で、サッカー雑誌の発売日は来週だ。
やりかけのゲームと、足元に転がっているサッカーボールのどちらに手を伸ばすべきか。
どちらにせよ、母親には怒られそうだ。
せっかくの休みなのにゲームなんて!
家の中でサッカーの練習なんて!
そして、次に続く言葉はこうだ。
宿題しなさい! ないなら予習復習!
この流れは非常にまずい。何とかして予定を作らないと。
机の上の携帯電話が、ブルブルと振動した。
学校でマナーモードにしていたまま、解除していなかったのか。
ディスプレイを見ればメールがきていた。風丸からだ。
暇だから遊びに行ってもいいか、なんていうメールに即OKの返事を出した。
階下にいる母親に、練習の中止と風丸の来訪を告げると、部屋を片付けておきなさいよ!という言葉が返ってきた。
確かに、脱ぎ散らかした服とか時間割を揃える時にひっくり返した教科書類が散乱しているが、何回も来ているし今更という気もする。
そう言えば、ゲームソフトを持って行くから協力プレイしようとか言われてたはずだ。
ゲーム機自体は目の前にあるが、ソフトが見当たらない。
机の下、棚の上、服の下、ようやく見つけたのはベッドの枕元だった。
前に寝そべりながら遊んでいた時に、他のゲームで遊ぼうと思い交換して、片付けそこねてしまったのだろう。
ともかく、ソフトをゲーム機にセットしてあとは風丸を待つだけだ。
「…遅いな」
自分の家から風丸の家まで、そんなに離れているわけではない。
ゲームソフトを探して部屋中をひっくり返したりしていたから、けっこうな時間が経っていた。
メールの返事を見て、用意して家を出たとしても、そろそろ着くはずなのに。
「転んでたりしないよな」
しっかりしているようで、意外と抜けてるところもある。俊敏だけれど、時々ぼけっとしている時だってあるし。
「…事故とかじゃないよな!?」
窓に駆け寄る。雨音はさっきよりも激しくなっていた。
一台の乗用車が、家の前の道路を猛スピードで駆け抜けていく。水しぶきが勢い良く跳ねて、大きな音がした。
ごくり、と円堂は思わず唾を飲み込んだ。
家の前にある児童公園の桜が、突風に煽られて大きく揺れている。
(迎えに行こう)
急に心配になって、部屋を飛び出そうとして、まだパジャマのままだったことに気付く。
昨晩脱ぎ散らかした服を慌てて身につけて、もう一度窓の外を見た。
青い、空の色よりも青い、綺麗な傘が公園の中でゆらゆらと揺れているのが視界に入る。
時折吹く風に大きく傾きながら、それでも真っ直ぐにこちらを目指して歩いてきた。
公園の出口、道路の前で傘がぴたりと動きを止める。
左、右と二回揺れて、ふと傘が後ろに傾く。
空よりも、海よりも、そして彼自身がさしている傘よりも、綺麗な青い髪が覗く。
目が合ったように思えたのは気のせいだろうか。
円堂は思わずカーテンを閉めて、その場にうずくまる。
微笑んだ彼が、一心不乱に見つめていた自分を笑っているように見えて、恥ずかしかったのだ。
作品名:きみいろにとける(円→風) 作家名:ななお