水棲の夢
瞼を、閉じよう。
投げ出された身はどこへゆくだろう。まずは吹き上げる風にまかせてみることとして、そうだね、やはり秀吉、君のことばかりが頭にあるよ。
君は強いから、僕が傍に居なくたって平気だろう。でもそれは平気な”ふり”だ。……自意識過剰かもしれない。それでも君と僕は共に居過ぎた。慶次君と三人で過ごした頃を引いてもね。長いこと一緒に居ると、いつしか互いの存在をごく当たり前のものだと考えるようになる。それこそ欠けることなんてない、ってね。でも実際は欠けるんだ。刀だって欠ける、振るえば欠ける。兵も戦へ出せば怪我をするし、死にもする。僕らも同じだ。
僕が欠けた際のことを考えたことがあるかい、秀吉? ああ、今となっては聞けない答えだれど……、まあきっと、多分、あるだろうね。天下人を目指す君が考えていない筈がない。戦の世、僕たちの様な人間の隣にあるのはいつだって”死”だから。
僕も一軍を任された軍師であるから、大将を失ったときのことを考えなければならない。いざというときには僕が軍を率いることになっているから。秀吉を失うだなんて絶対に有り得ないし、そんなこと僕は許したくないから考えたくなかったよ、初めのうちはね。それでも失ったときのことを考え、策を練り、結果としてそこから秀吉を失わないための策を見出せたならと思ったんだ。考える間、とてもつらかった。涙だってこぼしてしまった。手が震えて筆を上手く扱えなかった。……最悪だった。
そんなふうになりながら考えた結果が戦の役に立つことなんて当然なくて……。だって君は強いじゃないか! ……だから今となっては考えなければよかったと思うよ。
あれこれ思ううちに潮のにおいがだいぶ強く感じられるようになってきたね。きっと僕はもう、水底に沈むだろう。
手放した凛刀は先に海へ潜っていったみたいだ、さっき音を聞いたよ。波間に呑まれる音、だった。僕も同じ音をたてて沈むのかな。病に冒されて痩せ細った頼りない身だけれど、それでも果たして僕は沈むのかな。沈めるのかな。波に揺られて秀吉の目に止まったりなんて、したくはないのだけれどね。
でもそうなったら秀吉は僕に墓を与えてくれるかもしれないから、それでも、構わないかもしれないな。
吹き上げる風が冷たいということは、海の中も冷たいということだろう。僕はこのまま死ぬ。身体の温度が海水と同じになって、あとは底を目指すだけ。静かに。薄い瞼を通る光もなくなる。
水底には何があるだろう? 僕は陸にしか生きたことがないから、さっぱりわからない。秀吉、君は知っているかい? 慶次君は? 夢吉君はどう?
訊ねたいけれど、唇が動かないよ。身体もひどく冷たくて、どこへも行けそうにない。聞こえるのは何かが漏れ出して、それから浮かび上がっていく音。今にも割れてしまいそうに脆いそれはどうやら僕がこぼしているようだ。
たくさんたくさんこぼれてゆくけれど、それでも未だ胸に残っているものはきっと、夢。僕はまだ夢をみていたいんだ。
例えば、そうだなあ、あたたかくて、時がゆったり流れて、平和な夢がいい。秀吉が居て、慶次君が居て、夢吉君に髪を遊ばれたあのころのような、あたたかな日の、夢。
さあ。夢を、みようか。