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真夜中の子供たち

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ひとつ、むかしの話をしよう。「むかし、むかし」とはじまるお話だ。
 物語はいつもそこからはじまる。今から語る話を、もう、誰も知らないだろう。くりかえされる時間のなかであったかもしれない、その物語を。誰も、もはや誰もおぼえていない。知っているのは、わたしくらいになってしまった。
 わたしは、翁(おきな)や媼(おうな)ではない。わたしは、樹である。地下に張り巡らせた根と、どこまでも伸ばした枝で、何もかも知り尽くす。わたしは、ここにはいない。そしてどこにでもいて、わたしは語る。


 むかしむかし、ひとりの少女が死んだ。


 それは、珍しくもない、実にありふれた死であった。ひとは、誰しも、死ぬ。老若男女、子供も死に神の手から逃れられない。誰でも死ぬが、けだし、幼くして死ぬことは、不幸であった。村人は、哀れな少女のために、ひっそりと涙を流した。
 まだ十にもみたぬ子供が死んだのは、病によるものであった。
 病の名は、黒文病という。
 いつからだろうか、ひっそりとひろがりはじめた死の病によって少女は死んだ。その病は、突然やってくる。誰から感染するわけでもない。遺伝するわけでもない。ただ、突然、顕れるのだ。少女は、からだ中に、黒い文様のようなものを浮かびあがらせて、やがて死んだ。
そして、その少女の、たったひとりの家族である兄は、嘆き悲しんだ。
 大きな棺に収めた遺体は、歳にしては、小さかった。黒文病に罹る前から、病がちであった少女のからだは、あまり成長せず、ちいさなままであった。生前、あれだけ少女を苦しめていた、黒い文字は、既に消えていた。
 村をあげての簡素な葬儀を終え、兄は村人たちの哀れむ視線を背に感じながら、村の外れにある家に帰った。「おかえりなさい、お兄ちゃん」妹の声が、聞こえた。そのあと、耳鳴りが延々と響いた。
 幼い頃に両親をなくしたふたりの兄弟は、身を寄せ合って生きてきた。兄、は、まだ赤子のようだった妹のために必死に生きてきた。
 病弱な妹が、さらに黒文病を得たあとも、どうにか治そうと、おとなにも負けぬほどに働いた。しかし、罹患すれば、死は免れない。にもかかわらず、死神を追い払おうと、兄はあがいた。少しでも効くという薬があれば、遠い砂漠の街や森の奥、海岸の街まで出掛けた。そして、痛みをやわらげる高価な薬のために、身を投げ出して働いた。文字通り、身を売ったことすらもある。
 ひとりの、妹のために。彼は何だってしたのだ。
だが、兄の力も及ばず、妹は死んでしまった。喪われたものの大きさに、兄はおののいた。彼は妹を喪っただけではない、自分というものの一部は、欠けてしまったのだ。


 亡くなった少女の名は、ヨナと云う。その名に、聞き覚えはあるかもしれない。それも当然だ。物語はくりかえされているのだから。あなたは、どこか、別の物語で、その名を聞いたのだろう。
 少女の兄である、ニーアという名も。
 今から語るこの物語では、ヨナは死んでしまい、死んだことから、物語は、はじまる。


 ヨナが死んでから、五年が経った。
 妹を亡くした兄、ニーアは、深い悲しみの傷をこころに残したまま、成長した。少年の面影を見せていた顔立ちやからだつきも、すでに成人のそれになっていた。外見だけではなく、そして、内面も。無邪気に見せていた笑顔を見せることはなくなっていた。

 彼は妹の死のあと、金銭の心配が無くなったにもかかわらず、依頼されればどんな仕事でもした。遠くの街まで荷物を運び、狩に出かけ、材料を調達し、修繕をした。それから、マモノ退治もするようになった。少年の頃に使っていた片手剣だけではなく、両手で使わねばならぬほどの大きな剣や槍までもを操った。その強さは、どの傭兵にも劣らぬほどであった。彼からは、いつも血の気配がしていた。
 彼は、黒文病の原因がマモノにあるのではないかという噂を耳にしてから、マモノに対しては執拗なほどの憎悪を持つようになっていた。五年前には、無邪気に見せていた笑顔は、消えてしまっていた。

 ある日、ポポルとデボルがニーアを呼んだ。彼女たちは双子で、ニーアの村の長であった。村人たちは彼女たちを頼り、彼女たちは村人たちを良く導いた。ニーアとヨナも、両親を失ってまもなくのうちは、彼女たちの元に預けられた。ニーアが子供ながらに、仕事を見つけることができたのも、彼女たちの後ろ盾があり、口利きがあったからだ。ニーアとヨナは、ふたりに育てられたようなものであった。
いつもの仕事の依頼だと思い、ニーアは図書館への坂を上がった。町の外れに、図書館はあった。大昔の本を並べている。そのほとんどが、古(いにし)えの言葉で綴られており、意味を解読できなかった。

 ヨナはよくこの図書館へ通っていた。激しい運動のできぬヨナにとっては、本を読むことがほとんど唯一と言ってよい楽しみであった。そして、気に入った絵本を借りてきては、兄に読んでほしいとねだった。ヨナは、き、の話がお気に入りだった。思い出がよみがえりそうになり、ニーアはこみあげるものがあったが、必死でこらえた。階段をかけあがり、デボルの部屋の扉を開いた。デポルとポポルが、同じ角度で笑いかけた。
「いらっしゃい。ニーア。また、大きくなったのではなくて?」
「そうかな。自分では、あまりわからないよ。ふたりとも変わらないな」
「あらあら、お世辞までうまくなってしまって」
 デボルはふふっと静かに笑った。
「今日は、どうしたの? 仕事?」
 ニーアが切り出すと、ふたりはふと笑みを引っ込めて、顔を見合わせた。
「あなたにお願いがあるの」
 デボルは、ふと声を落とした。
「なんでも、」
 ニーアは、深く頷いた。ポポルは、小さく微笑んだ。育ての親でもあるふたりの頼みならば、多少は無理はしようと考えていた。恩返しのつもりだった。マモノ退治でも、どれほど遠くの街への遣いでも。しかしデボルの頼みは、予想していたものと異なっていた。
「あなたに、ひとり子供を預かってほしいの」
「こども…?」
 ヨナとニーアのように、両親を亡くした子供や、親に捨てられた子供を、デボルとポポルは面倒をみていた。黒文病で亡くなるもの、マモノに殺されるもの、貧しさから子供を捨てて逃げてしまうもの。
「子供、ですか」
「ええ…。崖の村を知っているかしら」
「ああ、仕事で何度か」
 崖の村は、北平原の果ての崖にある、村だ。日も差さない、崖に丸いカプセルのようなちいさな家を作って、ひっそりと暮らしている。その村人たちは排他的で、余所者を徹底的に拒む。だから大抵の場合、仕事を済ませたら、足早に立ち去っていた。陰気な村―ニーアはいつもそう考えていた。
 ポポルは、深くため息をついた。ニーアが子どものころから、彼女たちの印象は変わることがなかった。まるで、年をとらないかのように。ニーアはさほど不思議におもったことはなかった。
「あの村の女の子なの。ずいぶん前に両親がなくなって、それからおばあさんがひきとって育てていたのだけれど、そのおばあさんも亡くなってしまって」
作品名:真夜中の子供たち 作家名:松**