唯一の花
「花ぁ?……なにそれ暗号?それともなんかの事件の押収物?」
「ちげーんだ、大将。問題は花なんだよ花っ!俺の死活問題なんだっ!なあ、なんかいい花知らねえか?」
久しぶりに訪れた東方司令部の執務室。そこでは大の大人がいい年をしてああだこうだと花談義に文字通り花を咲かせていたのであった。
パンジーだの百合の花だの薔薇だのなんだの。花の名前に花言葉が飛び交っている。
今も、アイリスという花の花言葉があなたを大切にしますだの、女性に贈るのならばやはり薔薇の花束だろうとか、アメストリスにはないが、東方にあるサクラという花は国民的に人気があるとかなんとかかんとかわあわあと言い合っていた。だが、何の花の名を上げてもそれは違うとハボックが否定するのだ。
「いいかげんにしておけハボック。そんなもの適当でいいだろう。花言葉にでもかけてチューリップだのマーガレットだのを贈るがいい」
ちなみにチューリップは愛の告白、マーガレットは誠実という花言葉だとファルマンが補足した。ロイはもう付き合っていられないとばかりにため息を吐くのみだ。ファルマンはついでに花言葉ならと、流れるようにあれこれとあげるがそんなどこにでもある花なんかじゃねーんだよ、とハボックは唸り、ブレダはもうどーでもいいやとそっぽを向く。
「ええっと一体何?」
わけがわからず首を傾げるエドワードに仕方なくとばかりにロイがこう答えた。
「ハボックのな、出来たばかりの恋人に言われたらしい。『私の一番好きな花を贈って』とな」
「ふーん。そんなもんその恋人に聞けばいーじゃねえか。好きなの贈って欲しいならなんの花が好きなのかってさ」
が、それに激しく反論してきたのが当事者のハボックだった。
「『なんの花かは秘密』って言われちまったんだぜ。その上花屋で売ってるものじゃないってさあ。あああああ大佐ああああアンタならこーゆーの得意でしょうっ!部下の幸せは上司の幸せっ!どーかこのオレに知恵を授けてくださいいいいいいいいいい」
本気で必死の様子だった。だが秘密で売り物ではない花とあればそんな簡単に思いつくわけではない。
「鬱陶しいぞハボック。貴様も男なら、そんなわけのわからん女性の我儘など自分で何とか乗り越えんか!」
もはや面倒だとばかりにロイはサイン待ちの書類に手を伸ばした。
「たーいーさあああああああああ」
「くどい」
「そもそも売り物ではない花など私は知らん」
「たーーーーいーーーーーさーーーーーっ!頼みますよう助けると思って」
「知るかっ!」
そんな上司と部下の様子をじーっと見つめつつ、エドワードがふっと洩らした。
「……あ、わかった」
え?とばかりに皆の視線がエドワードに集中した。
「そのハボック少尉の恋人の人の好きな花。うん、売り物じゃねーんだろ?んでもって秘密なんだろ?」
「そーだけど、大将……それだけでわかるんか?」
「うん。その人の好き花とオレの好きな花って多分一緒。えっと、おんなじものじゃないけど同じ種類」
そう言ってエドワードは照れくさそうに目を逸らした。
「お、教えてくれよ大将っ!」
がしっと、身も蓋もなく。ハボックはエドワードにしがみ付いた。
しかし。
「あー……、それ、な。言うの恥ずかしいから秘密な」
とエドワードは少々頬を赤らめた。
「大将おおおおおお!イジワル言ってねえで教えてくれええええええっ」
「えっと、じゃ、ヒントだけ」
ごくりと、ハボックは息を飲んだ。
「あのな、少尉な」
「な、なんだっ!」
「その恋人の人に少尉、すっげー好かれてるよ。うん、断言してやる。それがヒント」
「ヒントになってねえだろおおおおおお」
縋りついてももはやエドワードも照れるばかりで、それ以上はうんともすんとも言わなかった。
「じゃー、そういうことで。あ、これ大佐にほーこくしょ。二・三日は司令部の資料室漁らせてもらうから」
それだけ言ってエドワードはさっさとロイの執務室から出て行った。
「たいしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
ハボックの情けない声は聞こえてはいたが、エドワードは逃げるように足早に、その場から去っていった。
「だって……恥ずかしくっていえねーじゃん」
オレの、好きな、花。
それを想い浮かべながら、エドワードはひたすら足を進めて行く。
「オレの好きな花は……なんてさ」
エドワードの好きな花。きっとハボックの恋人とやらも好きなのだろう。
言うのが恥ずかしいから秘密で、売り物ではない。
けれど。
いつか、伝えたいなあとエドワードは思う。
いつか、伝えられたらいいなと思う。
「大佐に、いつか、言えっかな……」
赤く染まった頬をエドワードはぺちぺちと叩いて、そして。
「そのうちいつか。きっと言うから」
にっと強く笑みを浮かべる。
言うのだいつか。きっと必ず。
けれどそれまでは、その花の名前は秘密なのだ。
花の名前、それは好きな人の笑顔。
あなたの笑顔が唯一の花。
自分に向けて贈って欲しい、最高に幸せな好きな人の笑顔を。
‐終‐