猫と二人
――全くもって阿呆が二人だやってられん。
ぽてぽてと一匹の猫が二人の後を離れて歩く。後をつけているわけではないが、かなりの距離を置いている。
これにはちょっとした訳がある。
猫は二人に見つかりたくないのである。なので気配も隠している。結果、歩く二人の後を尾行している形になってしまっているのだ。
けれど猫に言わせれば、その二人の後をつけていたいわけではない。それは断じてないのである。
仕方がなく、不本意ながら、尾行をしているような形になっているだけなのだある。
いつものようにパトロールと称した近隣一周散歩コースに出て、そしてついうっかり偶然にその二人の姿を見つけてしまっただけなのだ。
猫が見つけた時、二人は、つまり夏目と名取はだが、誰もいない河原をゆっくりと歩いているように見えた。向かう先は藤原家の方角だった。河原を横切る橋を渡り、バス停の横の道を抜け。穂が広がる田んぼの道を真っ直ぐに進む。夏目の、学校からの帰宅のコースと同じ道だ。だから猫は、藤原家に帰る夏目を名取が送りつつ、何やら話でもしているのかと思ったのだが。
だから少々突っ込み気味に声でもかけようとも思ったのだ。だがしかし、である。二人の様子を見ているうちにその声すら掛けられなくなったのだ。
彼ら二人は一言すらも言葉を発してはいなかった。
そう、無言であった。
ずっと黙ったまま、ただ二人並んで歩いているだけだった。
この距離を進む間ずっと、である。
いや、歩くだけ、とも違った。
時折、名取が足を止めて、そして思わせぶりに名取が夏目を見る。それに気が付いているのであろう夏目の肩が小さく震える。けれど、なにも言わずに視線は前を向いたまま。夏目は歩く。無言のままに。そして名取がため息を吐き再び歩を進めれば、今度は何か思いつめたような目線で夏目が名取を見る。
しかし、名取も、いいや二人ともは決して目を合わせようとしないのだ。
視線だけは合わせないように、それでも挙動不審にきょろきょろと周囲や相手を見つめている。
手を開いたり閉じたりなどもしている。汗でもかいているのか、時折その手をシャツの裾で拭くこともあった。
敢えて言うのなら、告げたい言葉があるのに話し出せずにもじもじとしているという感じである。
そんな二人に声が掛けられなかったとして誰が猫を責められるだろうか。結果的に尾行をするような形になってしまっても仕方がない。猫とて向かう先は藤原家なのだから。
――全くもってやってられん。
猫は二人の様子を見て、そしてふうとため息をつく。
実に馬鹿馬鹿しくてやっていられない。
けれど阿呆二人の後をつけるのにも飽きて、そろそろ蹴りの一つでも入れてやろうかと思ったその瞬間に、
「あのね、夏目っ!」
切羽詰まったような名取の声が猫の耳へと飛び込んできた。
「は、はいいいいいいななななんですか名取さんっ!」
答える夏目の声も、裏返っていた。
「あのねっ!」
「はいっ!!」
まるで親の仇でも睨むように名取は夏目を見た。
いや、夏目の、その右手を見たのである。
「夏目っ!手、をっ!」
「はっ、はいいいいいっ!」
夏目とその名を呼ぶ声と、それに答える引き攣った声。
そして、意を決して少々乱暴に。名取は夏目の手を握った。
「な、なななななとりさんっ!」
名取、と呼ばれた声には返答はなかった。だた、ぎゅっと強く。名取は夏目の手を取って、そうしてそのまま再びすたすたと歩き出したのだ。
見れば名取の耳も顔も、赤に染まっている。
対する夏目も、名取に掴まれたままの手を凝視して、かああああああっと湯気を立ち昇らせていた。
お前たち二人小学生か、と突っ込みを入れたいところだけれども。知らぬふりをするのが得策だろうと。猫はため息を吐いて歩くのだ。赤くなる二人など気色の悪いものに関わっていられるかとばかりにだ。
――全くもって阿呆が二人だやってられん。
胸の中だけでそう繰り返し、猫はただ、ぽてぽてと歩くのだ。
距離を開けて、それでも幸せそうな二人を眺めながら。
‐ 終 ‐<