恋時雨
昔から、雨の音で目覚めることが良くあった。一人で寝ている時には無性に心細くなったりしたものだった。音の世界にたった一人取り残されたような、まだ世界の活動していない時間帯は、どうしようもなく不安で。そんな時は二段ベッドの上から降りて、幽の布団へ潜り込んだ時もあったなあ、と静雄はしばらく見ない弟の寝顔を思い浮かべる。体温の低い弟は、それでも体を寄せるとひどく安心した。心細かった雨の音も、どこか心地好く聞こえて。きっと俺しか知らない、気付いていないのだろう、深夜とも早朝ともとれぬ時間帯の、雨の気配。静雄はそれを案外と気に入っていたのだった。今は隣に幽は居ないけれど、変わらず大切な人が居てくれる。触れる体温さえあれば、人は幸せになれるのだと、教えてくれたひと。ごそごそと向き合うように体を移動させ寝顔を見つめていると、低く唸った声と共に、トムの瞼が薄く開く。
「ん……静雄、どうした」
「…雨の音を聞いていたんですよ」
「楽しいか、それ」
「まあ、なかなかに」
そっか、と言葉は素っ気なくとも、細められた瞳は優しい。上半身裸のトムは、暖を求めるように静雄の体を引き寄せると、あったけえなあ、と笑った。ぐりぐりと肩に頭を押し付け、まだ眠そうに目を瞑るその様は子供のようで静雄は思わず口元を緩める。ちらり、頭上に置かれた時計を見上げた。三時四十五分。どうか愛しい人にこの静かな雨の時間を知っていて欲しいと思う。隣に誰かが居ることの、居てくれることの、どうしようもない安心感を。
「トムさん」
「んー?」
「雨ですね」
「そうだな、今日の取り立ては面倒だべなあ」
「トムさん」
「おー、なんだ?」
「…何でもないっす」
寝直しましょうか、と上司の胸に顔を埋め、静雄はそっと微笑んだ。言葉で伝えることは難しいから、せめて、この体温だけでも覚えていてくれたら。トムは静雄の髪をくしゃり、と撫でると、目を細め笑う。おやすみ、静雄。おやすみなさい、トムさん。
fin.