愛って殺伐
「何がですか?」
「えーわーかーらーなーいーんッスーかあー?」
「全くわかりませんね」
「うわ、先輩冷たいー……
でも俺、先輩のそんなところが、大好きです……ッ!」
エーリッヒは顔を掌で覆うと、きゃあ、と声を上げてベッドの上で悶えた。
しかしせっかくエーリッヒが恥ずかしがって見せたと言うのに、ヨアヒムの反応と言ったら冷たいものだ。
ベッドの端に腰掛けていたヨアヒムは、エーリッヒに背を向けたまま首だけ振り向いて、何をやってるんですか貴方は。なんて溜め息を吐いて言う。…しかしそれすらエーリッヒにとって、ご褒美でしかないのだからこの二人も大概狂っている。
「ね、先輩。もーいっかいしません?」
「そうですね。さっさと腕をくっ付けて、服ももう一回着るなら考えてもいいです」
「えー?いいじゃないッスかあー手間ッスよー」
しましょうよう、とエーリッヒは寝転がったままヨアヒムの背中にじゃれついた。
そのエーリッヒの様子と言ったら散々だ。
最中ヨアヒムに引きちぎられた腕はベッドの下に転がっているし、中途半端に脱いだ下着が足に引っ掛かっているし、トレードマークのパーカーはもう着ている意味が感じられないくらい無惨に引き裂かれている。
「ねー、せんぱァい」
エーリッヒは先程の狂乱を想起させる掠れた声で、ヨアヒムに行為をねだる。
困った人ですね、と苦笑するヨアヒムと言ったら涼しいものだ。
全くもっていつも通り。
あれほど激しい運動量にも関わらず額に汗一つ滲ませることなく、スーツにもよれ一つない――……ズボンの前が 寛げられていること以外は。
「それはそうと」
「はいー?」
「私の指を、そろそろ返して頂けますか?」
「気付いてたんッスかあー!してやられた!」
エーリッヒは悪戯が見つかった子供みたいに拗ねた顔をして、べ、とヨアヒムへ舌を突き出した。
その上には、色白の骨張った指が一本、第一関節から上乗せられていた。ちぇ、とつまらなそうなエーリッヒ。
「…ひづかれてにゃいとおもったのにぃ」
ヨアヒムはエーリッヒの舌の上のそれと、自分の左手の虚空とを見比べて苦笑する。
「貴方と違って一応、痛覚はありますので判ります」
「おれもありますよォ!」
「そうですか?」
「痛いから気持ちいーんじゃないッスかあー…ん」
「いい子ですね」
ヨアヒムはエーリッヒの舌から自分の指を回収すると、向きを合わせて指の断面へ押し付けた。向きを誤ると大変なことになる、とヨアヒムはこれまでの経験で知っている。
ヨアヒムは一度、エーリッヒの指を付け根から全部切り落として、てんでばらばらにくっ付けてみたことがあった。常人なら発狂しそうなくらい秀逸な外見と、その外見を裏切らない指の動きが忘れられない。
散々二人で遊んだ後は、もう一度全部切り落として相談しながらくっ付け直した。パズルのようで中々愉快だった。
「…良いじゃないッスかあ」
指の一本くらい。エーリッヒはぶうたれる。
「指の一本分、貴方を虐められなくなりますが?」
「あーそれは嫌ッスけど……良いじゃないッスか」
エーリッヒはヨアヒムをじっとりと見上げた。
ヨアヒムがひらりとエーリッヒの頭上で手を振ってみると、物欲しげにそれを見る。
「……俺は先輩に全部あげます」
「返してあげましょうか」
はい、とヨアヒムはエーリッヒの腕を拾って差し出す。しかしエーリッヒは受け取らず、そうじゃないッスよ!と
駄々っ子のようにばたばたする。
「はぐらかしてるんッスか?俺こう言うのは気持ち良くないッスよー」
「…………」
ヨアヒムは眼鏡越しにエーリッヒをじっと見た。エーリッヒも負けじとヨアヒムを見つめ返してくる…ヨアヒムは手を伸ばすと、エーリッヒの肩にそっと手を乗せた。
「全部――……?挑発してるんですか」
「あ、バレましたかァ!?」
「貴方は相変わらず、隠し事が下手です」
「えへへ」
「誉めてません」
ヨアヒムは笑んだ唇から苦笑めいたものを吐き出すと、振り返ってベッドに乗り上げた。
相棒の瞳に情欲のようなものを見つけたエーリッヒは、先程行為に及んだ時のように、生娘よろしく仰向けに横たわる。ヨアヒムの、うっすらと継ぎ目の見える薬指。白蛇のようにしなやかな腕を隠す黒いスーツ。いつか脱がしてやりたいもんだ……なんて、
「ねー先輩」
「何ですか?」
「手加減とかいーんすよ?俺、先輩になら本望ッスよー」
ねェ。
エーリッヒは自らの首に掛かったヨアヒムの手に、手を乗せた。
人だろうと鬼だろうと、首が重要器官であるのには変わりない。
ヨアヒムがやろうと思えば、エーリッヒの首など簡単に折ってしまえる。やろうと思えば、簡単に螺切ってしまえる。やろうと思えば、簡単に括り殺してしまえると言うのに――……
「何時になったら、貰ってくれるんスか?」
俺はまだ何もあげちゃいない。
「あげますよォ、ぜんぶ」
頭も、首も、目玉も、舌も、手も足も、指も、内臓も、身体のぜんぶ、血の一滴、肉の一片、細胞の一個まであなたにあげる。
「貰ってくださいよォ…」
この命、貴方にあげよう。
「ねーやっぱこれって運命ッスよ?」
「何のことだか。」
「えーわーかーらーなーいーんッスーかあー?」
「さあ、どうでしょう」
「うわ、先輩冷たいー……
でも俺、先輩のそんなところが、大好きです……ッ!」