恋の闇
先日土方と出掛けてから、千鶴の様子が可笑しかった。
土方は、千鶴の部屋に行き襖越しに声を掛けた。
「千鶴、いるか」
直ぐに返答は聞こえなかったが、程なくして千鶴は襖を開けた。
「何か御用ですか?」
ひょっこりと顔を出した千鶴を見て土方は思う。
やはり何処か元気がない。
「いや、用って程のものじゃねえんだが。文具を切らしちまってな」
「買い出し、ですか」
「ああ、気分転換に付き合え」
土方の言葉に千鶴は笑う。
その時、土方は千鶴の笑みを履き違えた。
気分転換になんかなる訳がない。
だって千鶴にとって今一番辛いのが、土方と一緒に出掛ける事なのだから。
また町に行けば『彼女』がいる。
これで何度目だろう。
先日だけじゃない。
以前から土方と出掛ける度に、あの女性と出逢う。
二人で、楽しそうに話している。
正直、辛い。
辛くて、悲しくて、どうにもならない想いー
これは。
恋ー
土方と千鶴は一緒に町へと繰り出した。
また何時もの様に『彼女』が声を掛けて来た。
そして、「此処で待ってろ」と何時もと同じに、彼女の元へ行ってしまう土方。
何時もなら言い付け通り大人しくこの場で待ってる、千鶴。
でも今日は。
千鶴は踵を返すと、そのまま人ごみの中へ姿を消してしまった。
暫く話し込んでいた土方がふと視線を向けると。
「千鶴・・・?」
「どうかしまして」
そこにはある筈の千鶴の姿がなかった。
「一体どこ行きやがった」
土方が走り出そうとした瞬間、女は袖を引いた。
「お待ちになって。大丈夫ですよ、きっと先にお戻りになられたんじゃないかしら。まだ子供だから退屈だったのでしょうね」
そう云いながら、ふふと笑う女を土方は鋭い目で見遣った。
「土方さん?」
「あんたが思う程、彼奴は餓鬼じゃねえよ。いい加減放せ」
乱暴に女の手を振り解き土方は走り出し。
その場に残された女は唇を噛み締めた。
人ごみを掻き分け土方は千鶴を探す。
だが何処にも姿は見当たらない。
「何処にいったんだ、千鶴・・・」
陽は傾き始めていたー