静かな海で
空が堕ちたような海の蒼としろい砂浜。
・・・そして海の反対側にはうっそうとした暗い森がある。
(・・・ここはどこだ?・・・なぜ、俺はこんな所にいる?)
・・・確か、とても大事なことをしていた気がする。
とても嫌でとても怖いことを・・・。
ザァ――
寄せては返す波が足元の砂を攫っていくのがなんだかくすぐったい。
(・・・ん?なんで・・・こんなに動きづらい服を着ているのだろうか?)
体にフィットしたこの服はなんと言う名前だっただろうか・・・。
その場にしゃがみこんだ彼はぼんやりと海を眺める。
風の音はしないのに、ただ静かに波の音だけが聞こえる。
(ああ・・・なんて安らかなんだろう)
――ずっとここにいたい。あっちは・・・とても辛かったから・・・。
(?・・・あっち・・・?どこだったろうか・・・)
思い出せないし、思い出したくもない。
厚い雲の隙間から光が梯子のように海の一点を照らす。
(綺麗だ・・・。そうだ、そっちに行ってみよう・・・!)
ゆっくりと立ち上がった彼が海に入ろうとした時、不意に肩をつかまれた。
振り返ると、知らない誰かが一人。
「そっちに行ったらもう戻ってこれねぇぞ・・・わかってんのか?」
(お前は・・・?)
「・・・教えてもすぐに忘れちまうさ。気にすんな。
・・・にしても此処に来れる奴がいるとはな・・・驚いたぜ」
困っているような楽しんでいるような複雑な顔でその人は笑う。
・・・光の下に行きたいと思うけれど、
それはきっとその人に邪魔されてできないんだろうなと彼は思った。
けれども・・・・・・。
(このままどうすればいいのか・・・。戻り方も、戻りたいのかすらも分からない・・・)
・・・辛いことが多かったんだ・・・・・・。
また、彼は白い砂浜に座る。
見下ろしてくる碧がとても綺麗だと思う・・・。
けれども、忘れてしまうのだと思ったら・・・なんだか勿体無いとも思う。
呆れとは違う、手のかかる弟にでもするように苦笑を溢して、
その人は彼に向かって手を差し伸べる。
そして・・・、
「ほら、まだ生きたいと思うんなら道を教えてやるよ。どうする?」
戻っても・・・これからも辛い事だらけだ。
それに・・・誰も、俺自身のことなんて・・・・・・。
彼は俯きジッと爪先を見つめる。
「・・・お前さんはまだ生きてても良いんだよ。
それに・・・それだと今まで頑張ってきたのが無駄になっちまうだろ?」
ああ・・・そうだ。
生きていたいんだ。
だからこそ、モルモット扱いをされても耐えてこれたんだ・・・。
どのくらいぶりに触れた他人の手は、とても暖かかった。
「――!―っ!いの――、シャーマン大尉の意識が戻りました・・・っ」
なんだか騒がしい白い天井の部屋で俺は目を覚ました。
起きるまで・・・誰かに手を握っていてもらったような気がする・・・。
誰も握っていない手を、確かめるように開いては閉じる。
・・・誰かに、生きることを許してもらったような気がするんだ。
ザァ――
遠くで波の音が聞こえた気がして、窓の外を見ると遠くに海が見えた。
ああ・・・今度、許可が下りたら行ってみよう。
あの碧が、なぜだかとても懐かしく思えるから・・・・・・。