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狼と猟師(サンプル)

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秋雨が冷え切った体に容赦無く降り注ぐ。手足は痺れ、既に感覚と呼べるものは無い。右肩から溢れる赤は、弟から貰った真白いシャツを徐々に染め上げていた。
「‥くそっ」
 一昨日から引いている風邪のせいで頼みの鼻は利かない。しかし嗅ぎ慣れた硝煙の臭いと、忌々しい黒猫の臭いが己の体に染み付いている気がしてならなかった。
 狼の特性を逆手に取った今回の襲撃は、あの黒猫によって仕組まれたものなのだろう。
「シズちゃんてさ、本当に馬鹿だよね」
「ノミ蟲野郎、てめぇ‥」
 影から現れた動物は漆黒の猫だった。その姿を見た瞬間静雄の全身の毛は逆立ち、顔に血管が浮かぶ。しかし静雄はなけなしの理性で、臨也の体に牙を突き立てたい衝動を押さえ込んでいた。
 己に向けられている殺気は少ないものではない。崖際に追い詰められ包囲されてしまった今、周囲には身を隠す岩肌も武器となる木々もない。彼らに引き金を引かれれば、間違い無く自分は蜂の巣だろう。
 失血により朦朧とする意識の中、崩れ落ちそうになる膝を懸命に支える。そんな様子を嘲笑うかのように、黒猫は狼に向ってゆっくりと近づいて来た。
「シズちゃんみたいな化け物がいたら、人間は安心して暮らせないわけ。だから、人間が大好きな俺は…」
 薄暗い周囲を稲光が照らし出す。すると雨に隠れていた黒猫の顔に、厭わしい笑みが浮かび上がった。
「化け物退治のお手伝いをしてるってわけ」
「いぃざぁやああああああああああああああああああ」
 静雄の唸り声を合図に、周囲の銃口が一斉に火を吹く。相手の肉を切り裂く為に振り上げた右手には赤い花が咲き、駆け出そうとした左足には深々と銃弾が埋め込まれた。
「っ‥!!」
 臨也は後ろによろめく静雄に笑顔で手を振ると、後方に待機していた人影に向って合図を送った。
「じゃあね、シズちゃん」
 雷鳴と銃声、二つの轟音がお互いの目の前で混じり合う。その瞬間辺りは光に包まれ、雨で緩んだ足場は呆気なく崩壊した。
 傷付いた狼は薄れゆく意識の中、崖から崩れた土砂と共に真っ暗な森の中へ落ちて行った
作品名:狼と猟師(サンプル) 作家名:伊達