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全てを掴み損ねて更にその先

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「ジギスちゃん、バルドの言うこと聞いて偉いねぇ?ひゃはは、……おら、撃ってみろよ。外さねえだろ?ジギスちゃんが幾らヘッタクソでもさァ……?
それともジギスちゃん、突っ込んでても外しちゃうとかそんなミラクルテク持ってるお方?
だからこの距離でも外しちゃうの?ひゃっはははははははは――……」
「こら」


はあ。可愛らしい溜め息。

「それくらいにしとけー。新入り、挑発しない。ジギスムント、挑発に乗らない」

ロザリンドは妙に色っぽい仕草で髪を掻き上げると、じろり。


「言い分は後で幾らでも聞いてやるから、やめろ。
上が揉めてて、部下共が気分良いと思ってるのか?示しが付かないから今すぐ、やめろ。」

さっきとは打って変わって、蛇に睨まれた蛙のように親に諭される子供のように、ジギスムントがおとなしく銃口を離した。

「ロザ公、だってこいつが…」
「後だ。ほら、新入り、お前もだ。私に解らないとでも思うのかー?」


……お見通し、と言うわけ。

鴇也は手の中に隠して使うタイプの短いナイフを、大人しくポケットへ仕舞った。
ジギスムントがあっと言う顔をする。しかし鴇也はどこ吹く風だ。


「喧嘩するなら、もっと解りにくいところでやってくれ。とりあえず、城の中はやめてくれ。後始末が面倒だ」
「ロザ公…」
「五月蝿い。ちょっとは反省しろ」

ほら。
ロザリンドはジギスムントを、彼の部屋のある方へ押した。
それから鴇也の方へ振り返って、お前も帰れと顎をしゃくる。


「……それから、新入り」
「あ?」


ロザリンドはジギスムントの方を振り返った。ジギスムントは苛々と足音を立てながら、大人しく部屋へ帰って行く。
その背中をじっと見守ってから、ロザリンドはまた鴇也を振り返った。



「お前がジギスムントとバルドに何かしたら、私がお前を殺す。絶対だ」
「…………」
「一応教えてあげるよ。バルドは軍服着せたあんたと、五百旗頭の孫に、バルドと五百旗頭の再現をさせたいのさ」
「……知ってるさ、そんなの」
「じゃあ、あとひとつ。……私もお前のこと、ジギスぐらい殺したいよ?……それじゃーおやすみ」


言うだけ言って、ロザリンドは鴇也に背を向けた。
余りにも無防備な背中。鴇也の力など、身を守る価値もないと思っているのだろう。






「……くそ」


ばたん!!!
蝶番が弾けそうなほど、叩き付けるように扉を占める。自分にあてがわれた、殺風景な部屋。

鴇也は着ているもの全てをベッドの上へ脱ぎ捨てると、一糸纏わぬ姿で備え付けの風呂場へ飛び込む。
冷水のシャワーを頭から被って既に固まった血と整髪剤を洗い流す。殴られた傷はとっくに治っていた。


「…………」


シャワーを止めて、鴇也は鏡に左手を付いた。
その上に映る自分を見る――……濡れて貼り付く金髪。高い鼻梁。薄い唇、……赤い、虹彩。


ぴしっ。薄氷を割るようなか弱い音。
ぴしっ。ぴしっ、ぴしっ…鏡の中の自分の顔が割れる。鏡の表面を血が滴り落ちて、排水溝へ流れていく。
しかしその赤よりも、己の瞳の方が尚赤い。




うう。


鴇也は唸った。
鴇也は邪眼を爛々と輝かせて唸った。誰にも気付かれないように、低く、……低く、牙を隠した獣の唸り。



みなごろしだ。おれのおもいどおりにならないもの、ぜんぶ。
みんな、みんな――……




うう、