うぬぼれてもいいですか
部屋に入った僕への、潮江センパイの第一声はそれだった。
「え?なんかついてますか?」
ご飯粒でもついているかと少し焦って、ぺたぺたと自分の顔に触れる。
手につくものは何もない。
「バカタレ、、んなこといってんじゃねーよ」
文机に向かっていた腰を上げ、センパイは僕に近寄った。
「何があった」
「!」
ぴたり、と。
頬に重なる手のひら。大きくて節くれだった指先に心臓がはねた。
「お前になんかあって、それに気づかねぇほど馬鹿じゃねぇ」
センパイの親指が、するりと目元を撫でる。
「…ん、」
くすぐったくて、少しだけ声が漏れた。
「なにがあった、団」
二人だけの時の呼び名。真っ黒な瞳が僕を覗く。
そんな目で見つめるのは卑怯だ!
「べ、つに…なにも」
なんだかもうその目を直視できなくて、逃げるように視線を床に反らした。
それでもセンパイは僕を見つめている。
鋭い視線が突き刺さる。
(うわわわ…わ!)
「…フン、まぁ言いたくねぇなら無理にゃ聞かねぇが、」
届いた言葉に安堵した、その瞬間。
荒っぽく腕を取られて、力任せに引っ張られた。
「あっ…ちょ、うわっ」
勢いよく飛び込んだのは、がっしりとした腕の中。
そのまま肩口に顔を押し付けられる。
「…っせ、せんぱい、」
「しばらくこうしててやっから、そのカオなんとかしろ」
気になって仕方ねぇ、と小さく呟いたセンパイからは墨と土と、少し汗のにおいがした。
(…せんぱいの、においだ)
「返事」
「…はい」
うぬぼれても
いいですか
(愛されているのだと)
(……センパイあせくさい)
(…だァってろバカタレ)
作品名:うぬぼれてもいいですか 作家名:塩焼さばと