もしもの話を考えてみた
絶え間ない律動がピタリと止んだ。
荒い呼気が首元に降りてくる。シーツとの間に潜り込まれた大きな手に、常時より敏感な背が反応する。もどかしい感覚に体をよじるとぎゅうっと抱きしめられた。
全身のあらゆる箇所が熱を持ってどくりどくりと脈打つ。ピタリと密着した体には二乗の熱が篭り、汗で滑るはずの肌は互いに離れることを拒むかのように吸い付いて放熱を許さない。
今だ収まらぬ熱い息の間を縫うように、首筋に柔らかな感触とちくりとした痛みが降る。ちゅ、ちゅっと当分は消えてくれない証を刻む音が鼓膜を侵す。
次々と与えられる快美感にたまらず、抱くように縋るように、女は柔らかな銀髪の頭にしがみついた。
酸素を求める呼吸が二人分。徐々に徐々に乱れたものから落ち着いてきた頃、女が問うた。
どうしたの?
触れ合う肌より、吹きかかる呼気より、はるかに熱をもつそこは女の中で脈動したまま今だ果てていない。
その問いに返事をするかのように、均整のとれた男の肩がもぞりと動いた。抱きしめてくる力が若干緩む。
それをちょっと寂しく思いつつ、女の方も無意識に込めていた腕の力と緊張を解く。ゆるやかに与えられる快感によって滲む視界を男の顔が遮った。
こつりと額をつき合わせ、伏せられていた目蓋が半分ほど開かれると、潤んだ紅が飛び込んできた。
その紅に僅かに反射して見える女の顔には彼女自身の長い髪が汗で張り付いていた。男は優しい手つきで金茶の横髪を払いそのまま髪を撫でた。
昔の…、昔の俺が見たら、殺されるなって思った。
男は言う。
辛そうな顔させて、なかせて、貪る様に食らって…。そんな事されてるお前見たら、ガキの俺は、全力で俺を殺すだろうなって…なんか、思った。
肺の空気と共に押し出された声は掠れて男性特有の色気を含んでいた。最も言葉の中身は情事に程遠かったが。
言った後で恥ずかしくなったのか、双眸の紅がさっと隠される。
組み敷く相手の唇のすぐ横に自身の口唇を触れさせると、再び首元に頭を沈める。甘えるように擦り寄られたのがおかしかった。
昔のあなたじゃ、私だってわからないんじゃない?
ゆるく銀髪を抱いてた腕を厚みのある首に回して女が言う。
俺がどんだけ昔から惚れてると思ってるんだ、と低い声音が微かに聞こえた。
昔。
昔の自分が見たら、なんて相変わらずおかしな事を考える。
案外触り心地のいい短髪を梳いて、自分だったらきっと、と今度は女がぽつぽつしゃべり出した。
すんごい昔だったら意味がわからなくてスルー。
おかしいなって思い始めてる頃なら、多分、あなたに八つ当たりしに行ってる。きっとボコボコね。
今だ女を閉じこめ続ける太い腕がぴくりと動く。
何だそれ。俺様かわいそう。
他にはけ口に出来そうな相手、いないもの。
やんわりと高まり続ける熱を堪えきれなくなり、身震いと共に女も二つの翠を閉じた。
五感の一つを塞いだことによって、想像し得るイメージがよりはっきりとする。
そうなんだって観念し始めた時だったら、色々考えて考えて、頭の中ぐちゃぐちゃになって大泣き…かな。
ふふと笑って締めると、男は何を思ったのかまたぎゅうっと抱きしめてきた。
耳元で何度も名を呼ばれ、再び律動が始まる。それに応える様に女もまた縋る腕に力を込めた。
もし昔の自分が見たら、か。それがいつの頃の自分でも一つだけ。一つだけ伝えておこう。
こうしてぎゅうっとされるのも案外悪くないよ、と言っておこう。
言う私はきっと笑顔だ。
ただ。
この心地いい熱をくれる相手が相手なだけに、ちょっと悔しい。そう、それだけの話。
『もしもの話を考えてみた』
作品名:もしもの話を考えてみた 作家名:on