戦争トリオ!
凄まじい音が響き渡る。だがこの学校の生徒はなんの疑問も抱かない。ただ、その音の発生源から離れるのみだ。
この雷神高校には周囲から恐れられている生徒が3人いる。
ひとりは、池袋の喧嘩人形こと平和島静雄。標識を振り回し、自動販売機をぶん投げて暴れまわる、名前負けにもほどがある男。
ひとりは、歪んだ博愛主義を掲げる折原臨也。「人ラブ!」と声高に叫びながら、情報をこねくり回し人を破滅へと導く、最悪の性格破綻者。
ひとりは、見た目だけは人畜無害そうな竜ヶ峰帝人。至極平凡と見せかけてその実、巨大カラーギャングの創始者でもある、親しい人間からは「魔王」と評される少年。
先ほどの音はこの3人の喧嘩―――周りから見たらもはや戦争―――によるものである。
静雄と、臨也と、帝人は、犬猿の仲だ。それはそれは嫌いあっている。
今日も今日とて、それは変わらない。
「いーざぁーやぁーッッ!!!」
「あははっ、シズちゃんってほんと馬鹿だよねぇ。っと、危ないなー帝人くん。もうちょっとで直撃するところだったじゃん、鞭」
「狙ったんだから当然でしょ。いい加減僕を巻き込んで静雄と喧嘩するのやめてくれない?迷惑なんだけど」
「帝人くんが俺の目の前から消えてくれるなら考えてあげるよ」
「ちっ…!ノミ蟲もモヤシも逃げてんじゃねぇよ!!」
「誰も好き好んで標識に吹っ飛ばされたくはないし。そんなんだから臨也に馬鹿馬鹿言われるんだよ、静雄は」
「うるせぇ、黙って死んどけ!」
「人の話くらい聞きなよねー、シズちゃんも帝人くんも」
「君にだけは言われたくないよ、臨也」
静雄は標識を振り回し、臨也はナイフを投げつけ、帝人は鞭を振るう。周りに人影はない。高校に入学してから、静雄と臨也はしょっちゅう喧嘩という名の戦争を繰り広げていた。そこにいつからか帝人が参戦し、今に至る。喧嘩は大抵、臨也が静雄や帝人にちょっかいをかけるか、苛立った静雄が臨也か帝人に物を投げつけるところから始まる。
そしてタイミングを計って帝人が姿を消し、それに気づいた臨也が適当に静雄を撒く事でやっと終了をむかえる。今日も例外ではなかった。
「やー、今日も派手にやったねぇ」
「他人事だからってそんな軽いとかどうなの、新羅」
帝人は保健室で友人の岸谷新羅の手当てを受けていた。
「仕方ないよ、他人事だもの。帝人くんだって当事者じゃなかったらこんな感じでしょ。
……はい、終了。今回はそんなにひどい怪我じゃないよ。まぁ若干数が多かったけど」
新羅の言葉通り、たいした痛みはないものの包帯やガーゼ、絆創膏が至るところから見え隠れしている。
「僕はあの2人と違って基本は普通の人間なんだからしょうがないだろ」
そう、帝人はもともと頭脳派であり、肉体労働は苦手だった。しかしいまやあの2人との
喧嘩により苦手どころか人並み以上にできる。小柄で華奢なのは変わらないが。
「そりゃね。まぁでもホント、怪我には気をつけてよ?セルティも心配してたし」
そう言われ、帝人は人外の友人を思い出し苦笑した。
「善処するよ。…それじゃ、手当てありがとう。もう行くね」
「何か用でもあるのかい?」
「うん。幼馴染の家に泊まるんだ」
「へぇ……」
新羅は驚いていた。帝人が、微笑んでいる。とても嬉しそうに、幸せそうに。別に帝人は笑わないわけじゃない。だが、こんな笑顔は初めてみた。
(幼馴染、ねぇ…)
これは随分と親しい相手のようだ。静雄と臨也の無意識の感情に気づいている身としては少し気になる。保健室から出て行く帝人を眺め新羅は別の友人たちに思いをはせた。
「おい新羅、帝人はどうした?」
教室へ向かうとそこには静雄と臨也、それからもう一人の友人、門田京平がいた。
「んー?なんかねー、幼馴染と約束してるからって先に帰ったよ」
「幼馴染?」
新羅が京平の疑問に答えると、今度は臨也が呟いた。
「…帝人くん、幼馴染なんていたんだ」
「あれ、臨也知らなかったの?珍しいね、君が相手の周囲のこと把握してないなんて」
「帝人くんは情報の操作・隠蔽に秀でてるからね。ホンット忌々しい…」
臨也が顔をしかめて言う。
「お前は知ってたのか?新羅」
先ほどまで黙っていた静雄が聞く。
「いや、僕もさっき知ったところ。だからよく知らないけど、かなり親しいと思うよ」
それを聞いて静雄も顔をしかめる。おそらく苛立っているのだろう。けれどなぜ自分が苛立つのか、本当の意味を本人たちはわかっていない。事実は、とても簡単だ。
臨也と静雄は帝人に恋をしている。
帝人を嫌っているのは、恋愛感情によるイライラやもやもやを嫌悪と勘違いした結果である。仕方がないとは思う。2人とも、これがちゃんとした初恋である。ついでに言うと、女性経験もない。高校生なのだからおかしくもないが、臨也については驚かれるかもしれない。しかしないものはない。この学校の生徒は基本的に臨也を恐れているし、顔目当てで近づいた女性は臨也本人にばっさり切られる。情報を得るためにも別の手段を使うし、そういった欲もあまりないので問題ない。静雄は……まぁ、語らなくてもわかるだろう。
そんなわけで、臨也と静雄は無意識に帝人に想いを寄せているわけだが、もちろん帝人はそんなことには気づいていない。知っているのは2人の数少ない友人である新羅と京平だけだった。
「いやー、前途多難すぎる恋だよねー、ドタチン」
「そうだな…ってかドタチン言うな」
「あぁ?なんか言ったか新羅」
「ううん、帝人くんってほんと不憫だなーって思っただけ」
「何さいきなり。どこにそんな事思う要素があったの?」
「愛情表現って大切だねぇ。僕も早く帰ってセルティに愛を伝えなきゃ!」
「…皆俺にばっか人の話聞けって言うけど、君らのほうが聞いてないよねぇ」
「俺まで一緒にするなよ」
「腹減った」
「シズちゃんうるさい!」
「お前のがうるせぇよノミ蟲」
「わかったから帰るぞお前ら」
おまけ
(お待たせ正臣)
(おー、やっと来たかみかって何その怪我の多さ!どんだけ派手にやったんだよ!!)
(文句なら僕じゃなくて静雄と臨也に言ってよ)
(…お前さ、マジで来良に転校してきたら?)
(んー、そうだね…あの2人いないし正臣いるからいいかもね)
(なんかさらっと嬉しいこと言われた!?)
(でもやっぱり面倒だし保留で)
(詐欺だ!持ち上げといて蹴り落とすとか酷すぎる!でも好きだこんちくしょー)
(夕飯どこで食べようか)
(まさかのスルー!)