朱に染まる頬
また一枚、ページが捲られた。すると今度は声さえも上げられたのだ。
「うわっ、なんですかコレは」
夏目は、彼にとっては珍しく盛大に笑った。笑う、というよりも爆笑だ。腹を抱えて、ひいひいと。呼吸困難にもなっているようだ。
こんなふうにして笑う夏目を見るのはそれはそれで楽しいというか新鮮なのだと名取は思う。だが爆笑されるのは少々複雑だ。
なぜなら夏目が先ほどから笑いつづけている原因が、先週発売になったばかりの名取の写真集、だからだ。夏目はそれを見て、笑っている。
惨いなぁ、とは思う。何がそんなにおかしいのか。はあ、と溜息を吐いたしまうが夏目の笑いは止まらない。
今開かれているそのページは、夕陽の沈むバルコニーに佇みワイングラスを手にしている名取がうっすらと満足げな笑みを浮かべているというシーンである。
それを見た瞬間に、夏目は本気で腹を抱えた笑ったのだ。
カメラ目線でゆっくりとネクタイをほどく姿。シャツの前を肌蹴てベッドに横になる名取。そんな写真集を見て黄色い声できゃあきゃあと叫ぶファンの女の子は続出しているというのに、この夏目だけは。
「あのねえ、夏目……」
疲れたように名を呼べば、その夏目は無理矢理に笑いを納めて「ごめんなさい」と答えるが、けれどその声には未だに笑いが滲んでいる。同様に肩も震わせたままだ。
相変わらず、本気でこの子は酷いなあと名取は思う。
正直、自分の写真集を手にされてこんな反応をされるのは俳優・名取周一としての沽券にかかわる。
「何がそんなにおかしいのかい?」
「だって、これなんて特におかしいですよ……」
「どこがだい?」
「顔っていうか……表情がおかしいです」
特におかしいと言われたのはその写真集の表紙だった。
「……隠そうとしてもにじみ出てしまうこのきらめきをおかしいとは……本当に惨いなあ君は」
「だってなんですかこのいかにも作ってますっていう顔。変、ですよ名取さん」
「私の顔が変だと言ったのは君が初めてだよ夏目……」
「だってオレのこと見てる時ってこんな顔してませんから」
「じゃあどんな顔して?」
「ええと、もっとなんて言うかこう……」
夏目をじっと見る。
「どんな顔をしているのかい、夏目?」
じっと夏目を見続ける。
両手を伸ばし、夏目の頬にそっと触れる。てのひらで頬を包み込むように。
「え、……っと」
瞳を逸らさずに。強く、奥の奥まで見透かすように。吐息さえ触れ合うくらい近くで。
「私はいつも、どんな目で夏目を見ているのかな……?」
囁きかけるのはちょっとした意趣返し。
ゆっくりと、しかし確実に。夏目の頬が朱に染まる。
――爆笑する夏目を見るものそれはそれで一興だけれども、どうせ私を見て感情を動かすのなら。
朱に染まる頬。それが次第に熱さを増していく。
――こちらのほうがいいね。
そんな夏目を見て、名取はふっと、満足げな笑みを浮かべてやった。
‐終‐