シャワールームと傷跡
ざあざあと、雨にも似た音を立てながら、雨ではありえない蒸気を生み出すシャワーヘッド。
暖かい雨に打たれているのは、どこか憔悴した表情のカイル・ハイドだった。
その表情は一見何の感情も映さないように見えたが、よく見てみると様々な感情が入り混じって感情が感情を相殺している。
そう、彼は混乱していた。
俯いたまま、手持ち無沙汰な手をゆっくりと腹部に当て見えない何かをなぞる様に撫でる。
濡れた肌の上をなぞるそれは、幾分かの滑らかさを感じさせそれとともに何もないという事実をつきつける。
自分にないもの、――にあるもの。
「……は……ぁ……。」
開いた口から漏れる熱い吐息。
その吐息に震えるように、濡れた音がシャワールームに響く。
吐息はいつしか、蒸気のなかへともぐりこんでいく。
濡れた身体を拭き、シャワールームを出ると直ぐに視線に貫かれる。
その瞬間何もないはずの、先ほど撫でた下腹部がぞわりとするのを感じた。
その視線の主は、隙のない視線をカイルに注ぎ僅かに口の端をあげた。
視線の主――ブラッドリーの傍ら傍らにはウィスキーの瓶があり、既に茶褐色の液体は半数以下になっている。
カイルの表面から火照った身体とはまた対照的に、内側から火照ったブラッドリーの身体は赤く息づき様々な傷を浮き出させていく。
ナイルからの逃走中につけた傷跡だろう。
刃物の傷、痣、そして銃で撃たれた跡――。
複数ある銃の傷跡から、カイルは目が離せなかった。
うっすらと内側から色づくその盛り上がった傷跡。
「……カイル、見ろ。」
その視線に応えるように、ブラッドリーの指がその傷跡を撫でる。
先ほどカイルが触れた下腹部と、同じ場所に。
「……ブラッド、リー……ッ」
耐えられない、という風に眉間にしわを寄せ頭を振るカイル。
なにもないのに、傷跡もないのに、ブラッドリーの傷跡と同じ場所がじんじんと熱い。
すでにシャワーで暖められた身体は冷え始めていたが、その下腹部だけは内側から温められるようにさめることを知らない。
「触ってみろよ……お前がつけた痕だ。」
その言葉が耳に届いた瞬間、カイルはひざをついた。
作品名:シャワールームと傷跡 作家名:ふんどし子