日なたと日かげ
「んーっ、気持ちがいいな!」
くるりと振り返った家康の爽やかな顔が恨めしい。何が愉快でそのように明るく笑えるのだろう? 三成にとって、それは常に疑問だった。
「……何の用だったのだ」
不機嫌を隠す素振りもなく低く呟くと、家康は二度三度と瞬いた後、やっぱりカラリと笑った。
「いや、三成がずっと部屋に篭りっぱなしだったからな。外に引っ張り出してやろうと思っただけだ」
予想はしていたが、くだらない、それでいて腹立たしい理由だ。家康は三成を怒らせることに関して言えば、右に出る者はいない。三成自身感心してしまうのだが、彼の言葉は必ずと言っていいほど三成の神経を逆撫でる。
今回の三成の反応は、普段に比べればおとなしい方だ。ふんと鼻を鳴らし、眩しい縁の外から顔を背けた。
「……余計な世話だ。私は貴様と違って暇ではないのだ、邪魔をするな」
視界の外で、「やれやれ」と家康のため息が聞こえる。呆れたように頭を振る様が目に浮かんだ。
「また部屋に戻って執務か? 大変だな」
「貴様も遊んでいないで秀吉様のために働け」
「まるでワシが働いていないような言い草だなあ」
「働いていないから言っている」
「厳しいなあ。ワシは戦が仕事だからな、戦がなければ暇なんだよ」
家康の開き直った台詞にまたしても腹の奥が煮立つ。じろりと睨みつけてやるものの、彼はまったく意に介さない。
それどころかこの期に及んでまだこんなことを言う。
「三成、たまには太陽の下に出ろ。顔色が悪いぞ?」
「うるさい。貴様の指図は受けん」
「指図じゃないだろう」
「うるさい」
ぴしゃり。有無を言わさぬ拒絶っぷりに、さすがの家康も二の句を告ぐのを躊躇ったようだった。
しかし三成自身も知っての通り、それでめげる家康ではない。しばらく黙り込んでいたと思っていた家康はくつくつと笑い始めた。訝しげに視線を投げると、こちらを見つめていた家康の優しい茶色の瞳とぶつかった。
「それにしても、ろくに説明もしなかったのに。お前はここまでワシについて来てくれたな。嬉しいよ」
そう言われて初めて、三成はなぜ自分が自室を離れてこの男についてきたのかを考えた。
来い、と言われた。何故だ、と問えば、いいから、一緒に来いと言って手を差し伸べられた。その手を叩き落として、筆を置いた。
ただそれだけのことであり、答えは見つからなかった。しかし一番見られたくないところを見られてしまったような、無性に屈辱的な気分になった。
「……貴様のためではないっ! 少し体を動かしたかっただけだ!」
「ああ、いいよ、何でも。三成が目の前にいるだけでワシは嬉しい。な、気分転換になったろう?」
そしてやっぱり家康は笑う。心の底から嬉しそうに。まるで太陽のように。
調子が狂う、眩しすぎて見られたもんじゃない。三成はきゅっと唇を噛み締め、目を細めた。