Colorless world
に、離れることなく生きていた。だが、鎖は錆び付いて、ひと度力を込めれば一
つ一つの繋ぎ目が脆く崩れて、繋がりが断たれてしまう未来があることは知って
いたのだ。どんなに長い時間を、月日を過ごして蓄積していたとしても、どこか
がバランス悪く重なっていたならば新たに重ねられたものによって一瞬でなかっ
たことになる。もう元には戻れない。戻せない。そうなったときには互いに違う
道を歩んでいくしかないことぐらい、痛いくらい仁介は分かっていた。
鎖の繋ぎ目は煮詰めた砂糖のような色をして、触れたら苦い蜜のようにまとわり
ついてくる。重ねた月日は不安定な塔のように傾き揺れる。ギシギシと歪な音を
たてて揺れる。この揺らぎは鴇也の、仁介が絶対的にそうだと信じていたものは
嘘で、そして自分と鴇也をずっと繋いでいたものは嘘の上でしか存在しないもの
だったのだ。仁介はそれでもいいと思った。その嘘は、自分を完全に拒絶する鴇
也の言葉を聞くまでは、今までずっと鴇也の傍に繋ぎ留めていてくれた鎖の正体
で、それがなければ鴇也の傍になどいられなかったのだと思ったら感謝さえ覚え
た。なのに、あの夜仁介は鴇也に拒絶を叩きつけられた。もう自分は必要ないの
だと。仁介のせいで動かなくなったとずっと聞かされていた左腕の替わりになれ
るようにと差し伸ばした手はもう届かない。自分に向けられた数々の傷をつけた
言葉の残響が、割れたグラスの小さな無数の破片ように冷たく鋭利なまま残る部
屋を飛び出し、衝動のまま仁介は人通りの少ない夜のマンション群の中を走った
。治療の施しようもない、心の傷がじくじくと膿んだように痛む。言いたかった
言葉と疼く傷の行き場のない痛みは両手に溢れんばかりの無数の涙となって風になっ
て消えていった。
僅かながらの、されど一生分の幸福を凝縮した日々を過ごした部屋を去ってから
、仁介は学校と七里の部屋を行き来する生活をしている。あっという間に過ぎて
いたはずの時間と自分がは並んで歩いているのではないかと思ってしまうほど、
時間は手で掴めるような早さでゆっくり過ぎていった。七里は、自分が感情が先
走って余計な手出しをしてしまった罪滅ぼしとでも言うかのように仁介に部屋を
提供してくれていた。ただ、取り返しのつかないことをしてしまったのは事実で
はあるけれど、七里が数少ない友人であり幼馴染みであるのには変わりないのだ
し、何よりかつての生活と同じことをしていないと本当に自分の心が壊れてしま
う気がして、仁介は鴇也と過ごしていた時と同じように七里と自分に弁当と夕食
を作ることはしていた。眠れない夜を沢山の涙と引き換えに乗り越えて、目の下
に微かな隈を携えながら弁当を作る。仁介が自分でこしらえた最低限の調理器具
が並ぶ狭い台所に並べられた弁当を見て、毎朝七里が無言で、けれど目では何か
を言いたげに仁介の顔をちらと見るなり弁当を持って行った。どうしようもない
やりきれなさと、見るに耐えきれないという七里の感情が静かに伝わるにも関わらず、
仁介は3つめの弁当を作るのをやめなかった。毎日自分が学校にさえ持ってきて
いれば、何事もなかったかのように、鴇也に触れられて始めてくすぶる愛しい熱の
熱さをしったあの日の屋上でのように過ごせる気がした。傍にいられる、気がしていた。心のどこかでそんなことは起こりえるはずがないという声がしていても、なけなしの
祈りをひたすら捧げるように、仁介は弁当を2つ鞄にしまった。こうして今日も、
鴇也が傍にいなくなって色を奪われた世界の中で気の遠くなるような時間を過ごす
ことだけで、仁介は精一杯だった。
作品名:Colorless world 作家名:豚なすび