バタフライキス
耳のあたりをうるさそうに飛び回っては、肩の上に舞い戻って呼吸するように翅を静かに動かす蝶は、十代が自分を追い払うことなどないと知っているかのように気ままに振る舞っていると見えた。それがユベルには気に入らない。
十代は払うのを気の毒にでも思っているのか、それほどの関心もないのか、後ろから眺めているだけのユベルには判然としない。だからユベルの方から実体化した手を十代の肩にのばした。
蝶は不思議な翅を持っていた。一見、枯れ葉のようでありながら、翅を開くと燃えるような赤をのぞかせる。珍しく、それでいてうつくしい蝶だ。
必要以上の力をこめて十代の肩から叩き落とそうとしていたユベルの手は、そうはせずに両手の中に蝶を捕らえていた。軽く合わせた手の中で、ぱたぱたと軽い心臓の鼓動のような蝶の羽ばたきが掌に伝わってくる。
「ばか。やめろって」
押し潰してやろうとはっきり考えていたわけではないけれど、ユベルは蝶を閉じ込めた両手を握りこもうとしていた。
「死んじゃうだろ」
十代がユベルに手を開かせるように、自分の両手を重ねてきた。僅かにできた親指と親指の隙間から、蝶はあわてて飛び出した。弾かれた火の粉のように舞い上がり、あっと言う間に姿を消す。
「いい気味だ」
宙に向かって呟いたユベルを、十代は溜息をついて睨んだ。
「なんだよ。おまえがあいつをずっと見てたから、逃げないようにじっとしてたってのに」
「十代」
肩に抱きついたユベルを十代は鬱陶しそうに振り払う。それでもユベルは離れないので、そのまま好きにさせている。