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飲み干す優しさは捨てて

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耳に尾を引いて残る、蝉の生き急ぐサイレンが主である今季は特に要注意である。

電化製品の欠席が多い部屋に住まう恋人のアパートを訪ねてみれば半分落ちた瞼の下にある瞳は蕩け、情事の際を思わせるまでに汗で全身を濡らしてはダウンしていた。頼れよ、恋人の俺を。その位の信頼は築けていた筈だが、どうやら目測を誤っていたらしかった。お姫様抱っこで新宿へと連行する最中の、大よそが爛れた思考の中から出したと思われる液体状の抗議を無視して思う。

「ほら、文明の恩恵を一身に浴びてみなよ」
「い、臨也さん…むぐ」
まずは浴槽に放り込む。喋りながらも手を休めずに唇を湿らせ水分を摂らせる。まめまめしく衣服を剥いでぐったりした貧相な身体の汗を流す。その他諸々を一通り尽くしてあげて、危険な状態から抜け出す。
「もう少しだったんですけどね」
すっかり回復しきった帝人くんがぽそりと一言、惜しんでいるみたいな噛んだ歯の隙間からの発言を転がす。
「何が?」
「僕が非日常になれるのは、こんな機会しかないんです」
「もしかして、前に見たやつのことかな」
こくりと頷く動作での肯定が返る。
「それ、本気?」
こく、と動きが止まる。迷う時点で拳骨を頭に落として一緒に項垂れる。憧れには未だ勝てないのかと。いつ安心出来るのか。いつ、いつかとはどれだけ先のことであるのか、もう俺にはわからない。只傍で守るなどという発想しか持てない。
悪足掻きは腐り落ちたのを見図られてから丁寧に踏まれ、無かったことにされてしまったのだろうか。優しいよりも、酷いと表現した方が適格に当て嵌まるし相応しい。心臓を鷲掴みにされた心地。逃避と置き換えてもいい妥協が提供するのは逃げ道、という名の袋小路である。眼前の冷たい壁に頬を寄せて初めて知る。
そうして脳裏によみがえるのは、あの暑過ぎた夏。帝人くんの耐えられなくなる処だった、真夏。



ノックにノックを重ねても在宅中であると確認済みの恋人が応答しない。居留守とはいい度胸だ。というか俺と付き合っているので既に神経は太い。穏便なノックから入る訪問にしようかという気分が早々に冷めたので、こっそりと秘密に作っておいた合鍵で堂々と入室する。うん、これは紳士に合法的。
「お邪魔してるよー。…あれ、帝人くん?」
一周するだけで可愛い愛しの恋人が視界に入ると思いきや。まあ居るにはちゃんと居るが、その奇行に目を丸くする。
「どしたの」
こんなに暑い中、中身があるか疑わしいが布団なんて身体にぐるりと巻き付けて。
声に反応したのか、やっと意識の濁った瞳が付いている首から上が、布の間から少々現される。
「……いざやさ、…ん」
喉からの発声ですら辛いのか、紡がれた声は低くか細かった。眉を中央に寄せるのを自覚しながらも、止められないし止める気も起きない。
「うん、駄目だね。うちに連れて行くから」
布団から離れるように顎を示すも、首を振られる。泣きそうな、しかして嬉しくて仕方がないという表情がとても嫌な予感を煽る。布地をそっと引っぺがした。
足が、半透明になっていた。

これだから暑さなんて気に食わない。それと大事を申告しない、恋人のこんな処も。





「懲りてないよね」
全然、完全に一欠けらもこのあり様では反省してないねえ。
「…すみません」
「あ、謝罪は意味ないから。精々可愛らしく喘いでね」
浴室に墜落させた人魚の戯言には耳を傾けない。ばかな考えを起こないように。俺のことだけを考えさせるようにする為に。

夏場特有に伸びた日差しだって気にしないから、昼間からでも愛を確認しようか。そう、愛が在るからこそ永遠を注いで、過ぎようとする瞬間を留めるよう努めるものでしょ。
作品名:飲み干す優しさは捨てて 作家名:じゃく