優しい獣
彼はそう言って、僕を見つめた。
遠回しに貧弱な身体と言われた気がして、カチンときた僕は思わず反論した。
「そんなの、触ってみてから言ってください」
呆然とする(当たり前だ)彼を前に、勢いのまま両手を広げる。
「僕はそう簡単に壊れやしません」
(さあ、触れてごらんなさい。貴方が嫌悪し恐れ諦めた壊すしかない力を携えたその手で)
少しの沈黙の後、彼はその手を僕へと伸ばす。
僕はただ黙って、彼の動作を見つめる。
ゆっくりと、静かに、彼は僕に触れた。
最初は薄っぺらい肩を、普段の彼からは想像できないぐらい丁寧に。
そのまま上へと動き、首筋を辿る。
耳に触れられた時、無意識に身体が揺れたけど、何も言わなかった。
顎の曲線を確かめるように撫ぞって、頬が大きな手で包まれる。
手の力に逆らわず上へと持ち上げられた僕の視線は、近くなった彼の眸と交わった。
彼は無表情だった。
きっと僕もそんな顔をしているのだろう。
それぐらい彼は僕に集中していて、僕もまた彼にだけ意識を向けていた。
頬にかかっていた手が僅かに動き、指が瞼に触れる。
目の淵を小さく擦り、彼は「でけぇ目」と呟いた。
ぱちりと瞬きをしたら、睫毛がくすぐったかったのか一度指が離れ、けれどすぐに戻ってきた。
ひとしきり瞼と頬を撫ぜた手がそのまま後ろに下がり、後頭部を支えられるように持ち替えられる。
くしゃり、と彼は僕の髪を掻き混ぜて、ゆっくりと腕を引く。
力を抜いていた僕の身体は抵抗なく前へと傾き、ぼすりと彼の胸へと落ちていった。
僕の頭を一度だけ抱いて、腕は降ろされる。
終わりかなと思ったけれど、今度は背中にまわされ、ゆっくりと抱き締められた。
身長差のせいで、横向いた僕の耳が彼の左胸にあたる。
聞こえるのは、心臓の音。
少しだけ早いそれがおかしくて、ふっと唇から息を零れた。
「・・・何、笑ってんだ」
頭上から不機嫌な声。
けれど、痛くもない抱擁と早い鼓動にますます笑いが込み上げてくる。
「別に、何でもないです」
すっかり気分が良くなった僕は、彼の身体に腕を回した。
抱き締め、抱きしめ返す。
身体が合わさることで、心も寄り添うような気がしてくるのが不思議だ。
彼もそう感じてくれると嬉しい。
ひとは簡単に壊れはしない。
しぶといのが人間の強みだ。
身体も、心も。
(だから、勝手に諦めないで)
哀しくなるから。
「・・・・あー、・・・・」
「?何です?」
「ゴツゴツしてる。お前ちゃんとメシ食ってんのか」
「食べてます。つーか骨と皮だけですみませんね。筋肉だってこれからです。サイモンさんもびっくりのムキムキになりますから」
「いや、お前は骨格からしてムキムキは無理だ。諦めろ」
「真面目に諭された!」
「ほっぺたはやわっけぇのに」
「血筋です。遺伝です。ついでに言えば肌が柔らかいのは美肌の証です」
「まあ、確かにお前の肌キレイだな」
「ボケ殺しがこんなにキツいとは知らなかったです。これから正臣に優しくしようと思います」
「ああ?意味わかんねぇぞ」
「わかんなくていいです。僕は貴方が天然タラシということがわかりましたんでもういいです」
どうして僕が照れなければいけないんだと、半ば八つ当たりでぐりぐりと彼の胸に頭を押し付ければ、「くすぐってぇよ」と笑い混じりの声がした。
その声にはもう、ほの滲む闇が感じられず、ちらりと彼の顔を見上げれば、ゆるりと細められた眸と視線が合う。
初めて見る柔らかな表情に、僕はどきりと心臓が高鳴ったのを感じた。
「なあ」
「は、はい」
「もう少しだけ、こうしててもいいか」
伺いたててるくせに、抱き込む腕は深くするから。
僕は軽く噴出して、彼の腕へともう一度顔を埋めた。
「気の済むまでどうぞ」
優しい獣の腕はやっぱり優しかった
(ほらね、僕は正しかったでしょう?)
(でも静雄さんの触り方って微妙にエロいですね)
(意識してるからな)
(へー・・・・・・ん?今の返答何かおかしくない?)
(お望みなら、微妙を確実にするが)
(確信犯?!)