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かわりのこいびとがわり

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正帝前提六帝

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そのちいさな齟齬をみのがして 何にも気付かずいられたらあるいは

「よ、帝人」
「……六条さん」
千景はにこりと笑い、名前で良いっつってんのによ と笑った。帝人の瞬きは柔らかく、千景を見上げる。帝人が視線を持ち上げる時、必ず一度自分の胸のあたりを見つめた後 重く瞳を更に持ち上げるようにする仕草に気付いたのは、いつのことだったか。千景は思いを巡らせながらも、表面上はにこにこと笑いながら帝人へ肩をすくめてみせた。
「ヒマならどっかいかねぇか?」
「…どこにですか?」
帝人は試すように千景を見上げて呟く。間違ったかな、千景は笑いながら内心少しだけ不貞腐れ、帝人に なんぱ と声を上げる。帝人の瞳は瞬間輝き、安心したように口元は綻ぶ。
「ナンパは嫌です」
帝人の言葉へ、千景はにこにこと笑いながら へえ と首を傾げた。

「あれぇ、ろっちーじゃん」
髪が長い女がふわりと笑い、千景を認めて手を振った。千景も手を振り返すが、女は友達と思われる同年代の女に袖を引かれ、こくりと頷いて去っていく。用事あったのかぁ、千景が残念そうに呟く横で、帝人は鞄の紐を握りながらじい と隣に居る千景を見上げている。
「…六条さんって、モテるんですね」
「あ?つーかハニーたちが好きなだけだって」
ただハニ―が複数いるだけで。あっさりとのたまった千景へ、帝人は はあ と曖昧に声を上げる。千景が怯んだように唇を閉じたところで、帝人は瞬きを行いながら地面に目を伏せた。
「そっかぁ」
帝人がぽつりと呟く、その言葉を聞かなかったことにして千景は、ぼんやりと何かを考え込んでいる帝人へ明るく声を上げる。
「なぁ、どこに行きたい?帝人」
「…正臣がいきたいところでいいよ」
ぴたり、千景は言葉を流すことが出来ず笑顔を固まらせ、帝人は瞬きをして千景が何故衝撃を受けたのか訝しげに眉を潜めた後、しまったとでも言うように顔を引きつらせた。一瞬でも笑顔が保てなかった自分に舌打ちを堪えながらも、千景は 何か食うか とぎこちなく提案をしかけ、言葉を止めた。
「ごめんなさい、あの、僕 」
「…なぁ、帝人 そんな似てんのか」
そいつと俺。千景の呟きに、帝人は視線を彷徨わせて いいえ とも はい とも答えないまま顔をしかめた。ごめんなさい、とか細い声で謝った帝人は、千景の制止も聞かずに池袋の人ごみの中へ潜っていってしまう。千景は追いかけようと一度深く息を吸ったものの、結局動くことはできずに重く息を吐いた。
「急ぎ過ぎた かぁ」
帝人が、自分を見つめながら自分ではない誰かのことを思っているのは知っていた。自分が行う動作のひとつひとつを観察して喜んだり安心したり、失望したり戸惑ったりする。それは千景の本質をみているのではなく、恐らくは帝人が呟いた「正臣」という人物と同じ動作をしたのか、もしくはその逆であるのかによって無意識に起こった反応であるのだろう。
かわりでいい、と、何度でも千景は思っていたはずだったしそれなりに決意していたはずだった。自分の性格だって決して褒められたものではないだろうし、帝人が望むように自分を改変するのは、少しだけの窮屈を耐えれば済む話だと思っていたのである。
(…嘘、違う。そんなことあるわけがないけど、 )
千景は溜め息をつき、人ごみの中を歩きはじめた。ざわざわと動き続ける人の波の中にきっと「正臣」はいない。居たのであれば帝人はきっと千景に「彼」の影を追ったりはしない。
(正臣、ねぇ。いたら殴ってやりてぇ)



(ないものねだりの恋なんか、ひどくくるしいだけなのに)