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キンモクセイのアフタヌーン

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 日差しはうららかで澄みやかな青空が広がる昼下がり。やわらかい風が潮をま
とい、草木を揺らし花びらを揺らし、島を駆け抜けていった。吹き抜けた風が屋
上で座り込む二人の少年の頬を撫でる。
 隣で揺れるホットチョコレートのような色の髪からかすかにせっけんの香りが
漂ってきた。ヨハンは十代の柔らかい猫毛を眺める。身の回りに関してひどく無
頓着な彼は、温泉に備え付けられた牛乳せっけんで上から下まで洗ってしまう。
故郷からわざわざ取り寄せたナチュラルハーブの肌に合うソープでないとすぐ肌が荒れて
しまうヨハンにとってそれは呆れてしまうことでもあり、また羨ましいことでも
あった。
 そんなせっけんの香りに混じってかすかに漂う花の香りが風で運ばれ、ヨハン
の鼻孔をくすぐった。
 ――これは何の花だろう? ラベンダー、マリーゴールド、ローズにリンデン、
ペパーミントマロウジンジャー、……サクラ? いやいや季節的にそんなわけはない。
思いつく限り一通りの花を巡らせども、このとけるような濃密で甘い香りに覚え
はない。初めて嗅ぐ香りが胸いっぱいに満ちてなんとも情緒的で不思議な気持ち
になる。

「なあ十代」

 呼びかけても十代は顔を上げず間抜けな返事をした。デッキを調整する手を止
めようとはしない。そのことを別にヨハンは気にしたりはしない。

「なんか良い匂いするんだけど」
「オレ今朝風呂入ったからな」
「いや、そうじゃなくて」

 すうと息を深く吸うと頭がぼうとしてくる。それは空気を吸い過ぎたせいか胸
焼けしそうに甘い花の香りのせいか。
手を止めて顔を上げた十代もそんなヨハンを真似するように深呼吸をする。
 するとまた風が吹いた。今度は強い。木々を揺らし葉を散らす。舞い散る
葉に赤い花弁が混ざっている。屋上から見下ろすとその光景がよく見えた。
 十代は広げたカードが飛ばないよう押さえつつ、強気な風を全身で受ける。風
が髪をかき混ぜた。うっとおしそうに髪をかきあげるが、そこからのぞいた表情
は柔和で、風がおさまったころに二度目の深呼吸をした。「ああ」と合点がいっ
たように呟く。

「金木犀だな」
「キンモクセイ?」
「ああ。金木犀。この時期になるとさ、咲くんだけど。これがまたすげー匂いな
んだよな」

確かにすごい匂いだ。むせかえるような甘さは、まるで干しぶどうとグランベリ
ーのスコーンにホイップバターとホイップクリームをたっぷりのせ、添えられた
ラベンダーとカモミールのハーブティにハチミツをとっぷり入れたような、そんな甘
さ。
流石にこの例えは誇大かなと思いつつ、糖度最高のアフタヌーン・ティのような
香りをヨハンは肺いっぱいに取り込んだ。

「金木犀が香るとさ、あー今年も秋になったなあって気分になるんだよな」
「十代にも情緒的に季節を感じることが可能だったんだな」
「なんだよそれ」
「十代のことだから、『こんな甘い匂い嗅ぐと腹が減るぜ!』とか言い出すかと
思った」
「ひっでえな」

ごめんごめんと頭を下げるヨハンを十代は笑う。

「でも確かに腹が減ったかも」
「ははは! ちょっと早いアフタヌーン・ティでもするか?」
「ヨハンにまかせるわ。そうと決まれば」

言うやいなや十代は手早くカードをまとめケースにしまい、腰を上げて校舎内へ
と続く階段へ足を運んだ。その足取りは軽い。
 ヨハンは思考する。焼き菓子は何を用意しようか。購買で安いラスクを買い込
もう。そうだ、ミルクも買おう。ハチミツはまだ残っていたから、ミルクとハチミ
ツをたっぷり入れた甘いハーブティでも淹れてやろうか。
 まあ、相手は十代だ。食うだけ食ったら、調整したばかりのデッキの相手をさ
せられるのだろうさ。きっと夕飯の時間までぶっ通しのデュエル。……楽しみだ!

「おうい。早くしないと置いてくぞおー」

気が付けば十代はとっくに階段を降りはじめていて、頭だけをひょこりと出して
ヨハンを呼ぶ。

「待ってくれー!」

よく通る澄んだアルトが、急いで赤い背中を追いかけた。


 そして誰もいなくなった屋上を、風が、走り抜けていった。