好きと言わない男の話
前提条件、オレと大佐は恋人じゃない。単に肉体関係があるだけだ。なのに……。
「鋼の、私と一緒に暮さないか?」
「へ……?」
大佐にそう言われたのはついさっきだ。そしてその爆弾発言をした当の本人はオレの返事を待たずにさっさと朝食を買いに出かけてしまった。
待っていられても困ったけど。だってオレは大佐から言われた瞬間に精神肉体魂共に凍結した。
はっきり言って頭ん中真っ白だ。
へ?と言ったまま一時停止。
再起動するまでお待ちください。
混乱する頭を整理しなければと、ようやくそう思った時にはすでに大佐の姿はなくなっていた。メシ、買いに行ったんだろう。だってこの家には食いモノはない。そして、昨夜から明け方にかけて盛大に、ベッドの上とか風呂場とか廊下とかリビングのソファの上とかで少々ハードな肉体労働を繰り広げまくった結果、オレの胃はぐうぐうと音を立てて主張している。きっと大佐も同様だろう。かなり腹が減っているハズだ。
だけどそんな空腹感なんかどっかに逃げていっちまった。
メシどころじゃねえってのっ!
いっしょに、くらさ、ないか?
ちょっと待て、テメェ、一体それはどういうつもりだ。
ううううううううううう、どうしてくれようあの男。ていうか、どういうつもりだあの男。言い逃げにもほどがある。いや、逃げじゃないな逃げじゃ。オレの返事なんか気にしてねえんだ。きっと言いたいから言っただけだ。うんそーだ。思いつきで言葉にしただけ。意味なんてないんだろう。
一緒に暮さないか?
うん、深い意味なんてきっとない。
だって、オレと大佐はそういう関係なんかじゃない。
あー、所謂肉体関係っての?えーとそういうのは無駄に重ねた。今もオレの身体のあちこちには、大佐がつけまくった赤い痕がてんこ盛りで。
だけど。オレと大佐は恋人同士とかじゃない。
好きだとか愛しているだとか、そういう言葉は一言も無い。
……ああ、いや、オレはな、スキ、だけど。でも大佐はオレのこと別にスキとかじゃないだろう。最初にオレが大佐に「スキ」って言って、その返事は「そうか……」だった。
そりゃあヤることはヤってるけど。うっかりそういう関係になっちまったことは確かだけど。だけど肉体関係結んでます、イコール愛し合ってます、なんかじゃないことくらいオレにもわかる。はっきり言って最初にヤっちまった時は成り行きだった。そこに深い意味はなかった。そんでもって一回やったら二回三回四回と、繰り返すことにも意味はなかったわけで。
便利だから。ちょうどいいから。そこにいるから。……オレが、誘うから。
だから、大佐はオレを抱く。そこに特別な感情なんかありません。
オレもそれでいいって言ってたし。そのうち、オレが大佐を好きだって気持ち諦める日が来るまで、嫌わないでいてくれたらいいやって、ただそれだけでいいって他でもないこのオレがそう言った。
そーゆー関係だっただろ。
それでいいって言っただろ?
なのになんで「一緒に暮らす?」
待て待て待て待て待て待て待て待て。
オレのこと、好きになってくれたとか?
オレが大佐を想うように、少しでも大佐がオレを想ってくれたとか?
………………ありえねえ。
ぜってーなんか裏がある。
一緒に暮らそう。
期待なんてしちまったら絶対あとから馬鹿を見る。
嬉しがって浮かれちまって舞いあがったらその途端に突き落とされる。
オレは大佐が好きだけど、大佐がオレを好きになるなんてこと、ありえない。
だけど、一緒に暮らそう。
ううううううううううう。裏があってもちっと嬉しいと思っているオレは馬鹿決定。惚れた弱みは恐ろしい。
ようやくそこまで考えたころに、大佐は大量のクロワッサンだのサンドイッチだのスープだのを買い込んで戻ってきた。
「さて、鋼の。このままベッドで食べるかね?それともリビングで?」
案の定、さっきの一緒に暮らそう発言なんか忘れたみたいにこんなことを言ってきやがる。ちなみに大佐が一人で朝食なんかを買いに行ったのは、昨夜から今朝がたまで、好き勝手に貪られた結果、未だにオレの足腰が動かないからだ。
「ベッドで飯なんて行儀の悪いことするかっ!」
「ではリビングへ。……歩けるかね?」
う、っとオレは詰まる。そろそろと足を絨毯の上に下ろしてはみるけれど、マッタクモッテ身体に力なんぞ入らねえ……。へちゃ、と絨毯の上に崩れ落ちたオレにくすくすとした笑みを向けて、大佐はオレを軽々と抱えあげた。
「う、わっ……!」
いわゆるこれはお姫様だっこ。エッチした次の朝にこんなふうに抱えられて運ばれるなんてどんな乙女シチュエーションだ。
オレの顔どころか全身までもが赤くなる。そんなオレを大佐は不思議そうに見降ろしていた。
「君ね、鋼の。夕べ盛大にあんなこともそんなこともしておきながら何故この程度でそんなにまでも赤くなる?」
うっせ、あれとこれは別もんだ。これはこれで恥ずかしいんだよ。恥ずかしいけど嬉しかったりたりたりたりたりしているこのオレの複雑な心境がアンタにわかってたまるかよ!
ぎゃあぎゃあと叫べば、大佐は本当に面白そうに笑う。
「本当に君は面白い。一緒に暮したら毎日退屈しないですむね」
「……退屈しのぎかよオレは」
「うん?君が面白くて退屈しないという話だよ。だからね、さっさと君は私のところで暮らしなさい」
一緒に暮さないか、なんて提案じゃなく。今度は暮らしなさいって命令形に発展したぞ。
「……オレに、拒否権は?」
ううううう、と睨むように大佐を見れば大佐はにやりと笑いやがった。
「拒否権?あることにはあるがね使う気などないだろう?」
あああああ、オレは馬鹿だ。そうだよ使う気なんかさらさらねえ!好きとか言われなくても、他の誰よりもオレのこと、大佐が気にいってるってのは確かだから、それだけでも舞い上がる。一緒に暮らそうなんて、言われちまえば白旗掲げて降参だ。あー、ホント馬鹿なオレ。
「……タイサが、オレのこと、スキだとか本気で思ってるんなら暮らしてやる」
馬鹿でいるのも悔しいからちょっとだけ反撃してみる。反撃……いや、願望。好きとか一度でいいから言ってほしかったりするんだよ。
嘘でも、一回でもいいから好きだって言ってくれたら。
それがオレのささやかな望み。
嘘。ホントのホントは好きになってほしくて。大佐がホントにオレを好きだって思って、言ってほしいんだ。
だけどこいつは絶対言わない。
絶対に言わないだろうと確信している。
予想通り、大佐の返事はこうだった。
「一緒に暮してくれると私は喜ぶよ、鋼の。可能であれば君の一生、この私にくれないか?」
耳元で、甘く囁いて。
まったくもって厚顔無恥。
オレが断るなんて思ってもみてねえぞこの男。
前提条件、オレと大佐は恋人じゃない。単に肉体関係があるだけだ。「好き」なんて言葉一度も大佐からは聞いたことが無い。
だけど、「好き」以外の言葉なら、こうやって大佐はオレに山ほど告げる。言われるたびに振りまわされて、オレはきっと大佐の手のひらの上で転がされてんだ。
だけど、そのうち。
ぜってー言わせてみせるから。
一緒に暮らして一生過ごして。なら、死ぬまでに一回くらいは言わせてやる。
「鋼の、私と一緒に暮さないか?」
「へ……?」
大佐にそう言われたのはついさっきだ。そしてその爆弾発言をした当の本人はオレの返事を待たずにさっさと朝食を買いに出かけてしまった。
待っていられても困ったけど。だってオレは大佐から言われた瞬間に精神肉体魂共に凍結した。
はっきり言って頭ん中真っ白だ。
へ?と言ったまま一時停止。
再起動するまでお待ちください。
混乱する頭を整理しなければと、ようやくそう思った時にはすでに大佐の姿はなくなっていた。メシ、買いに行ったんだろう。だってこの家には食いモノはない。そして、昨夜から明け方にかけて盛大に、ベッドの上とか風呂場とか廊下とかリビングのソファの上とかで少々ハードな肉体労働を繰り広げまくった結果、オレの胃はぐうぐうと音を立てて主張している。きっと大佐も同様だろう。かなり腹が減っているハズだ。
だけどそんな空腹感なんかどっかに逃げていっちまった。
メシどころじゃねえってのっ!
いっしょに、くらさ、ないか?
ちょっと待て、テメェ、一体それはどういうつもりだ。
ううううううううううう、どうしてくれようあの男。ていうか、どういうつもりだあの男。言い逃げにもほどがある。いや、逃げじゃないな逃げじゃ。オレの返事なんか気にしてねえんだ。きっと言いたいから言っただけだ。うんそーだ。思いつきで言葉にしただけ。意味なんてないんだろう。
一緒に暮さないか?
うん、深い意味なんてきっとない。
だって、オレと大佐はそういう関係なんかじゃない。
あー、所謂肉体関係っての?えーとそういうのは無駄に重ねた。今もオレの身体のあちこちには、大佐がつけまくった赤い痕がてんこ盛りで。
だけど。オレと大佐は恋人同士とかじゃない。
好きだとか愛しているだとか、そういう言葉は一言も無い。
……ああ、いや、オレはな、スキ、だけど。でも大佐はオレのこと別にスキとかじゃないだろう。最初にオレが大佐に「スキ」って言って、その返事は「そうか……」だった。
そりゃあヤることはヤってるけど。うっかりそういう関係になっちまったことは確かだけど。だけど肉体関係結んでます、イコール愛し合ってます、なんかじゃないことくらいオレにもわかる。はっきり言って最初にヤっちまった時は成り行きだった。そこに深い意味はなかった。そんでもって一回やったら二回三回四回と、繰り返すことにも意味はなかったわけで。
便利だから。ちょうどいいから。そこにいるから。……オレが、誘うから。
だから、大佐はオレを抱く。そこに特別な感情なんかありません。
オレもそれでいいって言ってたし。そのうち、オレが大佐を好きだって気持ち諦める日が来るまで、嫌わないでいてくれたらいいやって、ただそれだけでいいって他でもないこのオレがそう言った。
そーゆー関係だっただろ。
それでいいって言っただろ?
なのになんで「一緒に暮らす?」
待て待て待て待て待て待て待て待て。
オレのこと、好きになってくれたとか?
オレが大佐を想うように、少しでも大佐がオレを想ってくれたとか?
………………ありえねえ。
ぜってーなんか裏がある。
一緒に暮らそう。
期待なんてしちまったら絶対あとから馬鹿を見る。
嬉しがって浮かれちまって舞いあがったらその途端に突き落とされる。
オレは大佐が好きだけど、大佐がオレを好きになるなんてこと、ありえない。
だけど、一緒に暮らそう。
ううううううううううう。裏があってもちっと嬉しいと思っているオレは馬鹿決定。惚れた弱みは恐ろしい。
ようやくそこまで考えたころに、大佐は大量のクロワッサンだのサンドイッチだのスープだのを買い込んで戻ってきた。
「さて、鋼の。このままベッドで食べるかね?それともリビングで?」
案の定、さっきの一緒に暮らそう発言なんか忘れたみたいにこんなことを言ってきやがる。ちなみに大佐が一人で朝食なんかを買いに行ったのは、昨夜から今朝がたまで、好き勝手に貪られた結果、未だにオレの足腰が動かないからだ。
「ベッドで飯なんて行儀の悪いことするかっ!」
「ではリビングへ。……歩けるかね?」
う、っとオレは詰まる。そろそろと足を絨毯の上に下ろしてはみるけれど、マッタクモッテ身体に力なんぞ入らねえ……。へちゃ、と絨毯の上に崩れ落ちたオレにくすくすとした笑みを向けて、大佐はオレを軽々と抱えあげた。
「う、わっ……!」
いわゆるこれはお姫様だっこ。エッチした次の朝にこんなふうに抱えられて運ばれるなんてどんな乙女シチュエーションだ。
オレの顔どころか全身までもが赤くなる。そんなオレを大佐は不思議そうに見降ろしていた。
「君ね、鋼の。夕べ盛大にあんなこともそんなこともしておきながら何故この程度でそんなにまでも赤くなる?」
うっせ、あれとこれは別もんだ。これはこれで恥ずかしいんだよ。恥ずかしいけど嬉しかったりたりたりたりたりしているこのオレの複雑な心境がアンタにわかってたまるかよ!
ぎゃあぎゃあと叫べば、大佐は本当に面白そうに笑う。
「本当に君は面白い。一緒に暮したら毎日退屈しないですむね」
「……退屈しのぎかよオレは」
「うん?君が面白くて退屈しないという話だよ。だからね、さっさと君は私のところで暮らしなさい」
一緒に暮さないか、なんて提案じゃなく。今度は暮らしなさいって命令形に発展したぞ。
「……オレに、拒否権は?」
ううううう、と睨むように大佐を見れば大佐はにやりと笑いやがった。
「拒否権?あることにはあるがね使う気などないだろう?」
あああああ、オレは馬鹿だ。そうだよ使う気なんかさらさらねえ!好きとか言われなくても、他の誰よりもオレのこと、大佐が気にいってるってのは確かだから、それだけでも舞い上がる。一緒に暮らそうなんて、言われちまえば白旗掲げて降参だ。あー、ホント馬鹿なオレ。
「……タイサが、オレのこと、スキだとか本気で思ってるんなら暮らしてやる」
馬鹿でいるのも悔しいからちょっとだけ反撃してみる。反撃……いや、願望。好きとか一度でいいから言ってほしかったりするんだよ。
嘘でも、一回でもいいから好きだって言ってくれたら。
それがオレのささやかな望み。
嘘。ホントのホントは好きになってほしくて。大佐がホントにオレを好きだって思って、言ってほしいんだ。
だけどこいつは絶対言わない。
絶対に言わないだろうと確信している。
予想通り、大佐の返事はこうだった。
「一緒に暮してくれると私は喜ぶよ、鋼の。可能であれば君の一生、この私にくれないか?」
耳元で、甘く囁いて。
まったくもって厚顔無恥。
オレが断るなんて思ってもみてねえぞこの男。
前提条件、オレと大佐は恋人じゃない。単に肉体関係があるだけだ。「好き」なんて言葉一度も大佐からは聞いたことが無い。
だけど、「好き」以外の言葉なら、こうやって大佐はオレに山ほど告げる。言われるたびに振りまわされて、オレはきっと大佐の手のひらの上で転がされてんだ。
だけど、そのうち。
ぜってー言わせてみせるから。
一緒に暮らして一生過ごして。なら、死ぬまでに一回くらいは言わせてやる。
作品名:好きと言わない男の話 作家名:ノリヲ