【豪円♀】アルゼンチン戦おめでとう
ちょうど新聞のスポーツ欄を開いたところで、背中に心地良い重みを感じた。円堂だ。
「新聞」
軽く振り返ってみていた記事を指差すと、ぱあっと目を輝かせた。
「昨日の試合か!日本とアルゼンチン!!すげかったよな、まさか勝っちゃうなんて!!監督代わっただけでこうも違うのかってさあ!テレビで見てたけどすげー迫力だったもん!」
「ああ、俺も家で見てた。面白かったな」
「そうそう!得点したときもだけど、特に後半の戦術がさー」
俺の肩越しに記事を眺めながら、まるで自分が試合に出たかのように饒舌に語られる言葉からは、円堂がいかにサッカーを愛してるかってことが伝わってきて、それだけで微笑ましい。昨日の試合は確かに面白かったけど、それ以上にこうやって円堂が話しているのを聞くほうが、ずっと楽しい気がする。
ただ、楽しいだけじゃないのも事実で。
「前半のフォーメーションはさぁ、あ、ここ書いてある!ホラ、豪炎寺!」
円堂が記事のある一点を指さした。そのせいでさらに俺の肩に乗りかかる形になり、密着度が高まる。試合を思い出して昂揚していく円堂とは対照的に、俺はまるで石にでもなったかのように動けなかった。全身が、鉛みたいに重くて、そのくせ全神経が背中に集中してるみたいに敏感になっていて。
無頓着に触れてくる円堂の熱とか、体の柔らかさとかが、余すことなく俺に伝えられているみたいで。
「豪炎寺、聞いてる?」
「え?あ、あぁ」
「うそだ、聞いてなかった」
「聞いてるよ。メッシのドリブルだろ」
「そう!まじすげかった!!あの場面でさー…」
生返事を返したら叱られた。ああ、そういう顔も可愛いと思うなんて色々終わってる気がするなあ。ちょっとだけ自己嫌悪に陥りながら、自分が一番興奮したプレイの話をしたら大当たりだったみたいで、円堂はさらに目をきらきらさせた。そして相変わらず無邪気に、とんでもない爆弾を落としてきた。最大火力の。
「メッシのドリブル見てたらさ、お前のプレイ思い出したんだ!」
「!」
「俺たちのストライカーもあんな風に絶対的存在だよな!エースってすごいよな!」
それ、は
もうメッシがどうこうってより、俺のことを思い出して、考えてくれてたんじゃないのか。
俺を思い出して、そんなふうに楽しそうに話してくれるのか。サッカーだけがいちばんだと思っていた円堂の中で、俺の存在はちゃんと、
「えんど、う」
振り向いて今すぐこのまま抱きしめてしまいたい。その衝動を寸でのところで止めたのは、俺のプレイが好きだと笑う円堂の笑顔だった。
「なに?」
「…いや、何でもないんだ」
「えー?なんだよ、気になるだろ」
「ああ…、いや、その、来週の韓国戦は、うちで一緒に見ないか」
ちょっとわざとらしかったか?誤魔化すように誘って振り返ってみれば、意外にも円堂はちょっと驚いたように動きを止めて、それからすぐ真っ赤になって慌てた後、幸せそうって言葉がぴったりの顔で笑った。俺が一番好きな表情だ。
「あ…、うん!!絶対だからな!!」
そうだ、焦る必要なんかなかった。今はこれくらいで、ゆっくりでいいや。この想いはサッカーへのそれと同じように、大事に大事にしていこう。
そうしてもうちょっと距離が縮まったら、いつかきっと伝えよう。
『円堂、俺は、』
作品名:【豪円♀】アルゼンチン戦おめでとう 作家名:和泉