地上の星
救いの小屋で聞いた噂をたより、数年にわたる逃亡生活の中で、初めてクラトスは目的地という物をもった。
ドワーフという種族は小さな背丈に似合わぬ逞しい腕を持ち、その太い指先からは信じられない程に繊細な細工物を作り上げる。固い岩盤に穴を掘って暮らすドワーフを探すのは至難の技であったが、実際に信託の村イセリアで仕事を引き受けることがあるらしい。ということは……場所は特定できなくとも、近くに住処もあるのだろう。世界中をあてもなく捜しまわるより、イセリアに重点をおいて探した方が良い。抑制鉱石を使った細工物『要の紋』はドワーフの秘伝技術だった。一度埋め込まれてしまったエクスフィアを取り外すのは危険だが、要の紋があれはその侵食を抑えることができる。
アンナの寿命を伸ばす事ができるのだ。
妻は最近とみにぼんやりとしている時間が増えてきた……残された時間は少ないのだろう。先日つくった家族の肖像が入ったロケットを、アンナは片時も手放す事はない。薄れゆく記憶を、懸命につなぎ止めるように。
砂漠を越えればイセリアは近い。
トリエットのオアシスに立ち、クラトスは夜空を見上げていた。
「とーさん、あれは?」
「南十字星」
「みなみちゅうじせい。……あっちは?」
「あれは――」
子供特有の高い体温を、肩と頭に感じる。
なかなか寝付かぬ子供をあやす為に肩車をしてみたが……それが失敗だった。普段よりも高く見える世界に、ロイドは逆に興奮して眠れなくなってしまった。夜空を見上げるクラトスに星座の名前を聞いては、その名前を繰り返し、また別の星座を見つけては、その名前を聞いてくる。明日も早いのだからと、早々に寝かし付けたいのだが……にぱっと笑うロイドの笑顔には勝てなかった。
「あれはノイシュ座だ、ロイド」
もちろん嘘である。
が、子供はこういった嘘を喜んで受け入れる。ロイドも多分にもれず、その嘘が気に入ったらしい。「ノイシュ、ノイシュ」と名前を呼んで、肩の上で暴れはじめた。
「ロイド、暴れるな」
「ん~。とーさん、もっとたかく」
クラトスの頭に手をつき、ロイドは空いている手を夜空に伸ばす。頭に寄せられたロイドの重心に、『重くなったものだ』などと嬉しく感じてしまうのだから、本物の親莫迦だろう。
「どうしたのだ?」
「のいしゅ、つかまえるから」
一生懸命に手を伸ばす息子に、クラトスは口元をゆるめる。
ロイドはまだ、空の広さも理解してはいない。
「ロイド、いくら手を伸ばしたところで……夜空の星はつかまえられないぞ」
「え~」
父親の言葉に、ロイドは不満そうに唇を尖らせる。
「だがな、地上にある星ならばすぐにつかまえられる」
「ほんと?」
「ああ、本当だ。現に私は今、星をつかまえているぞ」
落ちないようにクラトスの髪をしっかりと掴み、ロイドは父親の顔を覗き込んだ。
自分と同じ鳶色の瞳を輝かせて、期待に満ちた視線を向ける息子に、クラトスは苦笑を浮かべる。
「どこ? お星さま、どこにあるの?」
幼いロイドには、まだわからない。
クラトスにとっての星。地上にあってもっとも輝く、何よりも大切な愛しい一番星。
「ねぇ、とーさんのつかまえたお星さまは、どこにあるの?」
「いつか、おまえにもわかる時がくる」
いつか、遠い未来。
自分の肩にのる少年が歳を経て青年になり、愛する人と出会い、結ばれて、その子供ができた時に……家族というかけがえのない『星』を手にいれるのだから。
「……強くなれ、ロイド」
大切なものを守れるぐらいに。
いつか、自分を超えるぐらいに。