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役に立たない脳味噌一つ

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ハデス先生の「咀嚼」はとても不思議だ。
彼の体、大抵は手のひらから伸びた黒い影が相手の病魔を引きずり出して飲み込んでいく。その様子はまるで咀嚼というよりも融解。彼の中の病魔と、今し方ぼくらを苦しめていた病魔が溶け合うように見える。けれど彼の体の中に取り込まれた病魔は彼の病魔によってきちんと「喰われる」らしいから、それは多分咀嚼という一言で申し分ない行為なのだろう。
「咀嚼完了」
先生の呟きが響く。少しだけ先生の髪は黒くなる。肌のひびもきえていく。本当の姿。僕の知らない、先生。
「もう大丈夫だよ、アシタバ君」
振り返った先生の髪はまた色素を感じさせない色だった。病魔としては大したものじゃなかったせいだ。
枯渇したそのいろに安堵のため息を吐く僕を知ったら彼はどんな顔をするのだろう。確実に怒りはしない、その確信がなんだか不服だった。甘やかされるのは嫌いじゃないけれど―――、それでも。
「怪我はない?何処か痛いところは?」
甘やかな声とともに覗きこまれる。腰を曲げて僕のからだの不調を探すべく、せわしなく瞳が動く。感情を根こそぎ無くしてしまったような色の目を見つめながら、大丈夫ですと答える。途端、人間的ではないその顔を慈愛に満ちた笑顔で彩った。
「良かった・・・。でも一応、おいで。保健室」
ね?と念押しするように更にほほ笑まれる。出会ったばかりのころは不気味でしかなかったそれも、今では十分に僕の心に安息を与えるものになっている。これは彼の笑顔が変化したからではなく、受け取る側の心境の変化である事は先生にとって少しばかり残念なことだろう。
大きな手がそっと僕の肩をおした。彼が僕に少しでも力を込めて触れた事があっただろうか。よく考えずとも明確な答えに零れそうになったため息を慌てて引っ込める。病魔とそれに罹っていた生徒のいなくなった放課後の廊下はとても静かだ。僕の小さなため息を隣を歩く彼に気付かせてしまうに違いない。
いつの間にか肩から離れた低い体温を思い出して、これから向かう場所にどうか誰か一人でもいますようにと祈るように目を閉じた。
二人きりはきっと――――耐えられない。
「アシタバ君?」
僕だけに向けられる声に、視線に、きっと。
「どうしたの?もしかしてやっぱりどこか怪我をしたのかい」
勘違いを、してしまう。難しい顔で黙り込んだ僕に触れようか触れまいか悩む先生に特別扱いをされているような気分になって、自惚れてしまう。先生は誰とだって恐る恐る距離を縮める人なのに。
気が付いてしまう。怪我をしたのなら治療を、と保健室に向かう足を速める先生の中に巣くう病魔に、僕は明らかに嫉妬していると。そのひび割れた身体から病魔がいなくなればきっと先生は僕の知らない人になってしまうというのに、それでも。
「アシタバ君・・・?」
いっそ僕が病魔に罹ればいいのか。僕の幼くてくだらない妄想と願望に浸りきった病魔を、先生が一滴たりとも残さずその身に溶かしこんでくれたなら。そうすれば少しは保健室に向かう足取りが軽くなるのだろう。
けれど生まれてこの方、病魔が好む様な強い思いなど抱いたことはない。胸にぼんやりと浮かぶ望みと期待とをどうやって育てていけば病魔によって具現化していくのかちっとも予想がつかない。
彼の骨ばった手に僕だったものが吸いこまれることすらできないなんて、本当に役に立たない脳味噌を持ったものだと今度は我慢すること無く盛大にため息をついた。
廊下に響く僕のため息に何か勘違いをしたのだろう、先生が小さく息をのむ。
保健室はもう目の前だ。