なんだかそしたらどうでもよくなくない
大学生になった竜ヶ峰帝人に呼び出されたので、ほいほいと出かけて行ったら、待ち合わせの場所が居酒屋で、案内された個室では、待ち合わせの相手がもう出来上がっていた。
ぐす、と机になつきながら、挨拶もそこそこに、竜ヶ峰はこういった。
「六条さんは、貧乳でも愛してくれますか」
そんなこと、と思う。自信を持って言える。
「俺はすべからく愛すよ!」
「………えぐれでも?」
「………えぐれ?」
「ゼロじゃなくてマイナスです」
「………いやもう、おっぱいならいいよ」
「その妥協した答えが!傷つくんです!」
どうしろというんだ。すでにだいぶ振り切れている。
「何があったんだよ」
聞いてくれますう、と竜ヶ峰帝人が言った。おおお、めんどくさい方に入ってるなあ、と思う。っていうか、自分にめんどくさいとか思わせる女とかすごいな、となんだか妙な感心をしてしまった。竜ヶ峰はこちらにはおかまいなしに喋りはじめた。
「このまえ、サークルで合宿があったんですよ。で、友達と一緒にお風呂入って。ほそっこい子がいたんですよ。で、見た感じあんまりないんですよ。でも聞いたらCって言うんですよ。お風呂で確認するじゃないですか。見比べるじゃないですか。変わんなく見えるんですよ!ねえ、あれと僕との間にどんな差があるっていうんですか六条さんんん!!」
「落ちつけ俺はあれとかいうのを見てねえええ!」
ばん、と机をたたいて立ち上がりそうなので、あわてて肩を押さえたら、もしょり、と可愛らしい酔っ払いは倒れこんだ。個室なので好き放題である。
あー、なんだ、と言葉をつなぐ。
「ほらでも、ちゃんと下着屋ではかってもらうと、1カップくらい上がるって」
涙にぬれた目で、じっと恨みがましく見られる。なによ、と思う。
「で、どうするんです」
「え、……は?」
「はかってもらったら、僕だけ、『あ、別に今お使いのサイズで大丈夫ですね』とか言われたらどうするんですかって言ってるんです!微妙に視線とかそらされたりしながらとか!なんか気を使われながらとか!つらいじゃないですか!いたたまれないじゃないですか!」
「大丈夫だよ!ネガティブか!」
ネガティブですよふーん、と竜ヶ峰がすねたので、六条はおおむねスルーしてぴんぽーんと押して、店員を呼んだ。女が来た。暴れずに済みそうだ、と思った。刺身の盛り合わせとえだまめと生中を頼み、そのひとを褒めている間も、竜ヶ峰は転がっていた。そして、店員が下がろうとするころになって、すいません、僕にも白桃サワーと言った。かしこまりました、とすてきな笑顔を振りまいた店員は下がっていった。
もそもそと起き上がった竜ヶ峰は、いまのおねーさん、胸おっきかったですね、と言った。うん、まあな、と答えておく。ふつーじゃねえの、と思ったのは内緒だ。
「男はみんなおっきい方がいいんだ!」
「誤解だ!すべてとうとい!」
「そんなのウソです。建前です。このまえコミュニティの質問コーナー見てたら、男のひとは胸おっきい方が好きなんですかって質問してるひとがいました!答えてくれてるひとはいっぱいいましたけど、みんなBあれば十分だよ、っていうんです。みんなBBBビービーびー……。いちばん下まで見ても、Aって言葉は出てきませんでした!」
「それはなんかごめん!」
「質問した子がAだったらどうする気ですか!傷つきますよ!いっときますけどねえ、かわいいデザインの下着はだいたいAから売り切れるんですよ!Aも需要ある!あるんだから!」
「ん。そだな。とりあえず、Bあれば十分だよって言ったやつちょっと割り出してこいよミカ。どこの誰か知れない女の子を傷つけたクソ野郎ども、ちょっと締め上げてこようぜ!」
「その前に僕を傷つけたご自分を殴って下さい」
「あとでな」
ふーんだ、と竜ヶ峰はまたすねた。どうせ男なんてえええと騒いでいる。同性に走らないことを祈るのみだけれど、いや、うーん、それもありかな、と一般的男性として思う。
襖がノックされて、注文していたものが運ばれてきた。おてしょうに、竜ヶ峰がてきぱきと醤油を注いで自分とこちらの両方に押しやった。そして、細く切られたイカを一本ずつ箸ですくって食べていく。どこの小動物だろう。
あ、と竜ヶ峰が声をあげた。なんだよ、という。
「いやでもこの前、ですね。静雄さんいるじゃないですか」
「ああ」
「静雄さんの胸に、こう」
まふ、と顔が埋まるジェスチャーをした。
「………男の浪漫、理解しました」
「をおぅ。」
もう、どう反応していいかわからない。俺も男なんだけど、と言っても無駄なんだろうなあ。無駄なんだよなあ。もうほんとにこの子どうしよっかなあ。
「やっばいですよ、ほんとやっばいですよあれ、天国!みたいな。ここが天国か!みたいな」
わったわったと両手を上から下に振りまわしてなんだか、すごさを伝えてくる。
っていうか、平和島静雄にそれをやったお前がすげえよ。
そして、興奮して喋っていたと思ったら、べたり、と机になついた。
「Fカップ、かあ」
めそり、という。六条千景はすがすがしく男なので、たとえ平和島静雄でも、サイズを知ったことは迷惑でない。むしろありがとうございました。
目の前で、竜ヶ峰帝人がもそもそと動く。何をやっているんだ、と思ったら、どうやら自分の胸を確認していたらしい。
「知ってますか、胸のふくらみには夢と希望が詰まってるからなんですよ。―――ハッ。かんたんにしぼみそうなもの。」
だめだ、自虐に入った。
「あー、あれだ。ミカ。折原臨也、あれ、胸、あれだろ。わりと」
あんまり言うと、男である自分はセクハラになると思うのだけれど。女の子の前だと特に。けれど気にしないらしい竜ヶ峰はうーん、と考えた。それから、でもですね、と真剣な顔をして言う。
「臨也さん細いじゃないですか。おっぱいあったら、きもちわるいです」
きもちわるいとな。
「臨也さんにおっぱいとかいらなくないですか?必要なくないですか?なくていいですよあのひとは」
「ひどいな!お前!」
いいんですよどうせいざやさんですし、という竜ヶ峰はどこまでこっちにはまっているんだろうなあ、とマグロをつまみながら考える。ダラーズも友人も握りしめたままで貪欲に遊んでいるらしい子どもを見つめる。手放せ、と言ったことに後悔はしていない。何度やりなおそうとあのときの自分はそう言うだろう。けれど、それがどうも決定的な岐路となってしまった過去を眺めるに、つきあうしかないよなあ、とため息をつく。こんなふうに、こんなことだけを悩みに、生きていけたらいいと思ったのだけれど。どうも、妙な方向に適性があったようなので。
荷が重い、はどうやら撤回しなければならないようだ。
竜ヶ峰帝人は、いっしょうけんめいストローで白桃サワーのグラスの底に沈んでいる白桃を、取ろうとしていた。
作品名:なんだかそしたらどうでもよくなくない 作家名:ロク