不意に
「門田さーん、狩沢さーん。ほら、イチャイチャしてないで。着きましたよ」
「なぁーにー、ゆまっち」
「いや、だから着きましたよって」
外は一面桜吹雪。これほど綺麗な桜並木が広がっているのに、周りには私たち以外誰も人はいなかった。ナニコレ、凄い穴場? なんて思ったりする。
「・・・・・あ! とぐっちは?」
「滅茶苦茶今更っすね・・・・・・。トイレ行きましたよ」
ワゴンの後部座席(と言っても椅子が取り払われている)から身を起こし、外に出て遊馬崎の横に並ぶ。狩沢は舞う花びらをまだ覚醒していない体でぼーっと見つめる。先程まで一緒に隣で眠っていて、未だに眠る彼を呼ぶ遊馬崎の声が遠くで聞こえるようだった。
「門田さん、全然起きないっすね。コレはもう狩沢さんからの目覚めのキッスで起こす眠れる森の美女、いや美男子フラグビンビンっすよ?」
「・・・・・・いやいや、そんなことしなくてもドタチンはちゃんと起きるよぉー」
「門田昨日仕事遅かったんだ。寝かしてやれ」
用を足してきたらしい渡草がハンカチで手を拭きながら歩いてきた。そういえば、今日ワゴンに乗り込むときのドタチンはいつもより疲れてそうな表情だったな、と今朝の風景を呼び起こす。
仕事が夜中まであったのに私たちとの約束を守るなんて。家でゆっくり眠ってくれてもよかったのに、と心の中で呟いてみる。でも、彼が居ないのに出かけるなんて、それこそこのお出かけの意味がないような気がした。要するに、今私の中心は彼なのだ。彼が居なければ始まらない。
あぁ、眠い頭でそんなことを必死に考えるから混乱してきた。なんとなく隣に立つゆまっちを軽く殴ってみることにする。
「イタっ。何すかー狩沢さん」
「なんとなくだよ、ゆまっち」
「なんとなくっすか」
「今私がしたことは意味の無い行動である。しかし、無意味な行動こそ意味のあることだ。それは矛盾しつつも決して矛盾していない二つの相反する言葉なのである」
「・・・・・・狩沢さん、今誰かと人格入れ替わってるんですか? 幽体離脱して、今狩沢さんの身体の中にはその間に忍び込んだアストラル的な何かが存在してるんっすか!? それが狩沢さんの身体を動かして喋らせてるんすか!?」
「ないない、ゆまっち。大歓迎だけどさ」
「それ支離滅裂だな。矛盾してないのに相反するって」
「そうともとれるね」
「そうしかとれねぇよ」
「・・・・・・なんか、今日の狩沢さんいつもの狩沢さんじゃないっすよ?」
「うん、私もそう思ってた」
ゆまっちととぐっちの言ってることは合ってると思う。今、私頭で考えてしゃべってないし。自分で何言ってるか分かんない。さっきのとぐっちの言葉を借りるなら支離滅裂。
ずっと桜を見つめる。太い幹から広がる枝に取り付けられた花から舞う花びら。薄いピンクがひらひらと舞い落ちていく。特に何も考えないでボーっと眺める。ただ、眺める。あぁ、眠い。
欠伸を一つかくと出たばかりのワゴンに向かって歩みを進める。
「狩沢さーん?」
「おい、どうした狩沢」
「うん」
遊馬崎と渡草の曖昧な質問に曖昧な返事で答える狩沢。
ワゴンに着くと再びそれに乗り込んだ。
「・・・・・・」
未だ眠り続ける恋人の姿を見下ろす。静かな寝息が繰り返される。
仰々しい桜の花びら舞う景色よりもこっちの方が落ち着くな、なんて考えながら寝ている彼の顔に自分の顔を近づけてそっと一つの口付けを落とす。そして、彼のすぐ横の先程自分が寝ていたスペースに横になり再び寝始めた。それほど時間が経たないうちに一定の寝息が聞こえてきた。
むくっと狩沢の横で彼が身体を起こす。頬を僅かに染めながら。
「あ、門田さんおはようございます」
「・・・・・おう」
「アレ!? 狩沢さん寝てるー! さっきまで起きてたのに」
「眠いんだろ。そっとしといてやれ」
「つーか、寝るのはえーな」
門田は隣で眠る狩沢を踏まないように気をつけながらゆっくりとワゴンから出る。渡草から一本の缶ビールを渡されて蓋を開ける。プシュと気持ちの良い音がした。
「俺はこの後まだ運転があるからコレな」
そういいながら渡草は既に蓋の開いている缶を軽く振る。その手にはコーラが握られていた。ちなみに遊馬崎はオレンジジュースの缶を手にしている。
「ていうか門田さんやっと起きましたね。俺さっき起こしたのに全く反応無かったっすよ?」
「マジか。そりゃ悪かったな」
「どうやって起きたんですか」
「・・・・・・なんとなく」
「なんとなくっすか」
数秒たった頃だろうか、突然遊馬崎が笑い出す。俺は意味が分からず怪訝な顔をして遊馬崎を見ているに違いない。それにも関わらず彼は笑い続けた。
「さっき狩沢さん起きてた時に俺全く同じこと言ったんっすよ。まぁ会話の内容は違いますけど。兄弟とか姉妹は似るもんだとか言いますけど、恋人でも似るんっすね」
「ッ・・・・・・」
思わず顔をほんのり赤くする。あー門田さん赤くなった、と横で嬉しそうな声が聞こえるのが少し憎らしい。俺が寝てる間に何しゃべってたんだ、と気にもなってくる。
門田の少し珍しい様子に少しはなれた場所でコーラを飲んでいた渡草はちらりと彼を見る。
少しその場が落ち着いた後に開きっぱなしのドアのところに腰を掛ける。後ろで眠る狩沢をちらっと見る。未だに落ち着いた寝息が小さく聞こえる。
遊馬崎と渡草がワゴンから少し離れた位置に居ることを確認すると、腰をさらに曲げて狩沢の顔に自分の顔を近づけ先程自分がされたように優しい口付けをそっと施す。自分と違って彼女は起きなかったが、その寝顔は幾分先程より安らかそうに見えた。
温かい風が一面の桜を吹き上げ、散った桜に再び命を灯す。
「うわー、綺麗っすねー」
「お前にもそんな風流な心があるんだな」
「それけっこー失礼っすよ、渡草さん。門田さー・・・・・・あ」
「どうした、遊馬崎・・・・・・あぁ」
遊馬崎と渡草は顔を見合わせて軽く笑うと再び桜に視線を向けた。
二人が見たワゴンの中では一組の男女が仲睦まじく寄り添って寝ている姿があった。
――――――不意にしたくなった
――――――あなたの寝顔が優しくて