天上の青番外
緑色の髪を揺らし、髪と同じ色の瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
「さあ、これ以上はいけませんよ、お嬢さん」
俺の言葉に、少女は、激しく首を振った。
「嫌、嫌です。マスターと離れるのは嫌」
俺は、そっと手を伸ばして、少女の手を包み込む。
涙に濡れた瞳が、俺の顔を見上げた。
「肉体を失った魂は、酷く脆いものです。これ以上留めては、あなたのマスターの為にならない」
俺の言葉に、少女はのろのろと手を開く。
淡い光が、俺の手の中で揺れた。
俺は、少女の手を引き抜くと、背を向けて、
「お帰りなさい。あなたを待っている人がいるのでしょう?」
「さよならも、言わせてくれないの?」
少女の震える声が聞こえたが、俺は構わず歩き出し、
「もう、お別れは済ませたでしょう。肉体は生者が、魂は死者が送るのが慣例なのです。あなたは、こちら側にくるべきではない」
少女のすすり泣く声が聞こえなくなるまで、俺は歩き続けた。
手を開くと、淡い光はふらりと揺れて、すっと消えていく。
酷く気だるい感じを覚え、俺は、近くの木にもたれかかった。
歌う為に存在するVOCALOIDに、何故、心を持たせるのだろうか。
悪戯に惑わせ、別離の悲しみを味わわせるだけだろうに。
頭を振って、帽子をかぶりなおすと、俺は次の仕事先へ向かう。
忘れよう。あの少女のことも。何もかも。
それは、ほんの気まぐれだった。
たまたま、近くでの仕事があったので、先の予定を確認しようと、ふらりと立ち寄った家。
庭先で、青い髪をした青年が、薔薇の手入れをしていた。
その姿を見た瞬間、ずっと前に別れた、緑色の髪の少女を思い出す。
ココロを持たされた、ツクリモノ。
彼もまた、悲しみに打ちのめされ、その瞳を濡らすのだろうか。
どこまでも澄み切った青空と、空に溶け込んでしまいそうな、青い髪の青年。
「俺も、甘くなったもんだ」
そっと呟いてから、玄関に回り、呼び鈴を鳴らす。
少しして出てきたのは、先ほどの青年。澄み切った青い瞳が、俺に向けられた。
「どちら様ですか?」
凛としたよく通る声。流石、歌うことが本業の奴は違う。
俺は、帽子をちょっと持ち上げて、
「初めまして。死神です」
終わり